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令和6年度秋季入学式を実施しました

令和6年9月28日(土)、東京都立産業技術大学院大学秋季入学式を実施しました。この日、情報アーキテクチャコース7名、創造技術コース3名が入学しました。新入生に向けた学長の式辞を紹介します。

橋本洋志学長 式辞

橋本洋志東京都立産業技術大学院大学学長

東京都立産業技術大学院大学に入学された皆さん、入学おめでとうございます。東京都 公立大学法人の理事長をはじめとした関係の方々、および、本学の教職員ともども皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心よりお祝い申し上げます。
本学について、改めてご紹介します。本学は、専門職大学院です。専門職大学院とは、文部科学省の定めにより、科学技術の進展や社会・経済のグローバル化に伴う、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人、すなわち、高度プロフェッショナル人材の養成に目的を特化した課程を言います。現代社会は、科学技術が発展し、個人や社会の価値の多様化が進んでいます。その上に、世界における戦争、紛争、気象変動に伴う自然災害、エネルギー問題、環境問題、食料飢饉など、さまざまに複雑な問題に直面しています。そのため、20代までの教育だけでは、この変化する社会で活躍できるのが難しいであろうという背景のもと、東京都と産業界の要請により本学は2006年に開学しました。ここでいう産業界とは、工業製品に加えて、デザインやサービス、さらに商品開発、事業戦略など、多くの分野を含んでいます。
今、述べた背景のもと、産技大は、高度な研究開発および教育を実施するため、優れた教育研究環境を提供しています。産技大は、都立の大学として、社会に貢献できる数多くの研究開発を実施しています。産技大は、国内外で評価の高い、高度教育プログラムを提供することで、学生のみなさんが、この世に新たな価値をもたらす能力を身に付けることができるようにしています。産技大の修了生の方々は、入学時において、既に職業を持っていた、または、職業経験をされた方々でした。そのため、社会の仕組みを実感してから 俯瞰する学問の世界は、10代から20代前半の学生の時のそれとは全く異なるものと感じたそうです。そして、自ら、学びたいと思って産技大に入学されたので、学びに対して前のめりに取り組むことができ、学問と社会のつながりが見えて、より複雑なこと、より難しいことを更に学びたいという意欲にかられた、という感想を述べています。いずれの方々も、本学で学ぶことにより、人生で活躍できるステージを拡大されました。

令和6年度秋季入学式2

では、あなた方の先輩らは、どのような態度をもって、本学で学んだのでしょうか?ここからは、例をもって、説明しましょう。マット・リドレーという方が書かれた、The Evolution of Everything: How New Ideas Emerge という本があります。日本語題名は「進化は万能である」です。少し、この題名は少々気持ちが入りすぎている感があります。リドレーは、オックスフォード大学モードリン・カレッジを首席で卒業後、この大学院で博士号を取得。その後に、英国国際生命センター所長などの要職につき、英国王立文芸協会フェロー、オックスフォード大学モードリン・カレッジ名誉フェローを授与されています。この本の中で、リドレーは次のように主張しています。入念な計画が成功の鍵だと私たちは直感的に考えるが、それは間違っている。ロシア革命、世界大恐慌、ナチス政権、第二次世界大戦、2008年の金融危機、これらは、比較的少数の人による、トップダウンの意思決定の結果なされたものであり、みな、ことごとく失敗した。一方、世界の所得増加、感染症消滅、食料供給、河川や空気等の環境の浄化などの良い結果を得た事例を見ると、インターネットを通じて、大きな変化を起こす意図のない無数の人々によってもたらされた「ボトムアップ」な活動が、偶然で予想外の良い影響を及ぼしていることがわかる、と彼は主張しました。すなわち、リドレーは、オープンマインドを持ったボトムアップが世の進歩には重要であり、少数の人による入念な計画の下でのトップダウンは得てして失敗する、と主張しています。リドレーという優れた方の主張は、トップダウンはよろしくないという論です。この論を聞いて、みなさんは、どのように思われたでしょうか?反例を示しましょう。歴史を振り返ると、1960年代、アメリカ、当時の大統領ジョン.F.ケネディがトップダウン的に進めたNASAアポロ宇宙計画は、人類を史上初めて月面に送り込むため、ロケット技術、溶接技術、コンピュータ、通信、水の浄化装置、食べ物の安全管理、システム工学、プロジェクトマネジメント手法など多数の技術を産み出し、その結果、当時、多くの雇用を産み出しました。そして、今の時代まで、我々は豊かな時代を享受できるようになりました。これは、真の意味でのイノベーションとして、現在、高く評価されているプロジェクトです。このように、トップダウンでも成功している例は、歴史を振り返ると幾つもあります。すなわち、ボトムアップとトップダウン、両方それぞれ、有効であるという事例があることがわかります。このように、マット・リドレーという、実績と権威のある人であっても、ご自身の論に合うように、ある事例の一部だけを切り取って、論を重ねていると言わざるを得ません。ただ、注意してください。彼は間違ったことは述べてはいません。ただ、物事の事象の一部を見て論じているだけです。また、私は、今、マット・リドレーのことを否定はしていません。彼の論にも、一理あります。ここで述べたいことは、見方によると、解釈や考え方が異なることがあり、どれも、使い方によっては、有用である、または、有用でない、ということであり、両方の立場を理解して議論を行うことこそが、建設的批判精神に基づく正当な議論の作法と言えます。話を少し巻き戻しますと、物事のある一面だけを見て、これは有用である、または、便利である、という主張が数多く見受けられます。研究も同じです。研究とは、仮説を立てて、その検証を繰返し、得られた成果を知の体系として築く行為を意味します。しかし、その仮説の立て方が問題です。仮説の立て方とは、ある条件の下で、かつ、合理的なものとされますが、ものごとのある一面だけを切り取って、自身の都合の良い仮説を立てる論文を見かけることがあります。このような仮説の下で得られた研究成果を、真に有益なものとは評価し難いものです。さらに、多くの研究で採用している方法は、時代と共に、その技術や考え方は古くなり、はかない陽炎(かげろう)のようにいずれ消え去るものが多々あります。
すなわち、研究とは、人類が進歩を続ける過程において、必ず何かしらの改善点や欠点を含んでいるものです。したがって、研究の成果が完全無欠で無い以上、論文の存在意義とは、建設的批判精神を持って読まれるものであり、読んだ論文の良い点を汲み取る一方、不十分な点、または、欠点を見出すことで、次の新たな研究に繋げられるように、読みこなさなければなりません。そう、論文とは否定されることで、新たな研究に繋がるものと言っても過言ではありません。

令和6年度秋季入学式3

ここまで、お話をして、私が意図していることが、ぼんやりと見えてきたものと踏まえた上で、次の例を紹介しましょう。それは、ブロックチェーンです。ブロックチェーンは2000年代の初頭、暗号資産、または、仮想通貨の公開取引台帳として発明されたもので、高いセキュリティーを担保でき、データの改ざんがしにくく、かつ、データの透明性を高くできる仕組みを提供できるものです。そのため、金融機関のみならず、データの唯一の価値を保証するための非代替性トークン(NFT: Non-Fungible Token)としての導入が多くの人々により検討されました。ここまで聞かれて、みなさんは、どう思われますか?これからの金融にはビットコインが広く流通する、または、DX時代において価値や個人の認証にはNFTは重要だ、という主張に耳を傾けたとき、このブロックチェーンは大変、魅力的な技術に思われるでしょう。しかし、現時点で、ブロックチェーンは、仮想通貨取引以外では、思ったように世の中に浸透していません。なぜでしょう。その代表的な理由として、一度記録された情報は削除できない、データ容量が大きくなり処理に時間を要する、個人が扱うにはコストも含めて手間がかかりすぎる、等が挙げられます。すなわち、少額の価値のものの流通であるならば、安易かつ素早く取引きが第一優先であるという、人間の行動心理を考慮せず、機能ばかりを追い求めたため、現場では使いにくいと評価されたことが、現在においても、あまり流行らない理由と言われています。私がベンチャーキャピタルの関係者に伺うと、特に、アメリカでは、デメリットがメリットを上回ると感じる人が多く、ほとんど扱われていない、とのことだそうです。このように、ブロックチェーンの技術的な面ばかりを見ていて、人間の行動心理や価値観を考慮できていないと、現実社会において、人々に受け入れられない主張を虚しく繰り返すばかりに陥る危険性があります。今述べたことを、言葉を変えて、お伝えします。すなわち、光あるところには、必ず影がある。光を見るときには、必ず影を見つめてください。言い換えると、便利さを追求しても、必ず、デメリットがあるはずです。そのデメリットを客観的かつ合理的に想像でき、正しく評価できるようにしてください。デメリットに気付くことも、ご自身の成長に不可欠と考えます。それだけでは、まだ、皆さんの成長に足りないと思います。それは、他者が感じる価値とは何か、それを想像し、それを受けいれて、その価値をブラッシュアップして実現化できること、そのことも、物事が潜在的に有する価値と、人々の気付かない価値を見極める資質の養成に繋がるものと考えます。産技大を修了された、あなた方の先輩らは、本学において、物事を多角的に見て、多様な評価ができる能力を研ぎ澄ませました。この能力が、社会でプロとして活躍できる要件の一つと言ってよいでしょう。

最後に、私から、みなさんに対する期待を述べます。みなさんは、産技大で学ぶことにより、自身のキャリアアップに繋げることは当然として、新しい価値を創りだせるリーダーになって欲しいと希望します。または、公共の福祉や社会の持続的発展に寄与できるリーダーとなってください。そのために、個人のパフォーマンスを向上させることは、もちろんのこととして、他者の価値を理解でき、他者が活躍できるような配慮ができ、そして、多様な人材から成るチームのパフォーマンスを導きだせるリーダーになっていただきたいと希望します。本学は、多様な学生がいることで社会の縮図を表し、その中で、みなさんは貴重な経験を積める、我が国唯一の大学院と言われています。そして、多くの友人も作ってください。「学びは最高の自己投資です。」

令和6年9月28日 
東京都立産業技術大学院大学 学長 橋本洋志

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