令和6年度秋季学位授与式を実施しました
令和6年9月21日(土)、東京都立産業技術大学院大学秋季学位授与式を実施しました。この日、事業設計工学コース2名、情報アーキテクチャコース3名、創造技術コース5名が修了しました。修了生に向けた学長の式辞を紹介します。また、今年度の秋季学位授与式から学位記の授与を手渡しで行いました。
橋本洋志学長 式辞
東京都立産業技術大学院大学を修了される皆さん、修了、誠におめでとうございます。東京都 公立大学法人の理事長をはじめとした関係の方々、および、本学の教職員ともども皆さんの学位授与を心からお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心からお祝い申し上げます。
皆さんは、修士の専門職学位を授与されました。この価値は、みなさんが、産業技術界で真のプロフェッショナルとして活躍できると期待されることにあります。このプロフェッショナル人材育成のために、本学は、コンピテンシーの向上に主眼を置いた教育プログラムを提供してきました。コンピテンシーとは、業務遂行能力と本学は定義し、その能力指標は、創造力、計画力、実現力、評価力など、コースに適合して、多岐にわたります。産技大がコンピテンシーを導入した理由は、IQや学歴と、活躍できる人材のパフォーマンスとは相関が認められなかったという、アメリカ政府のレポートに基づいています。これより、プロフェッショナル人材の養成の指標として、コンピテンシーが導入されました。このコンピテンシーを向上させる教育メソッドとして、本学はPBLメソッドを採用しています。PBLメソッドは、アクティブラーニングを包含したものであり、その指標と方策は産技大独自のものです。この運用実績もあり、産技大のPBLメソッドは、国内のみならず海外でも高い評価を得ています。みなさんがPBLを通して創り上げた成果は、今年も2月11日にPBL成果発表会でも披露されました。例えば、都市生活における課題や商品の付加価値を本質的に考えるテーマ、情報系におけるアジャイルや、人とコンピュータとの関係を深く探求するテーマ、デザインと技術の学際領域にIoT、AI、さらには、ケアテックを活用したテーマ等、まさしく、現代社会が抱える問題を根元的に深く考慮して、社会実装を目指した画期的な成果が幾つも発表されました。これらの内容は、ダイジェスト動画として、大学のWebサイトを通じて世界にアピールされていて、研究型の大学院とは異なる価値を知ることができたと、外部の方々から高い評価を得ています。これらの成果を産み出す過程は、決して平坦なものではなかったでしょう。PBLは数人の学生メンバーが一つのチームを構成します。そのメンバーは、産技大らしく、多様な属性と異なる価値観を有しており、まさしく、社会の縮図を表すと言われているものです。そして、優れた才能を持つメンバーというのは、才能がぶつかり合い、時として摩擦が生じたことでしょう。しかし、そのような摩擦を経験してこそ、真の能力が身に付く、ということも歴史が証明しています。この摩擦を得た経験が、社会に戻られたとき、みなさんが活躍される糧になると、私は信じています。みなさんは、産技大で高度な知識とスキルを修得されて、本日、本学の学位課程を修了されます。その能力を存分に発揮して、社会に戻られてからは、多様な人材から構成されるチームを牽引できるリーダーになられることを期待しています。
さて、チームとは、ある種のグループです。日本語に訳すと「群れ」または「集団」と言われています。日本語で「群れる」と言いますと、少し、ネガティブな意味合いを持つことがありますが、ここでは、ネガティブな意味を考えずに、単にグループを表すものとしてお聞きください。ここで、自然界に眼を移してみましょう。自然界に生息する生物が群れを形成することがよくあります。例えば、アリやハチなどの昆虫の群れ、イワシやマグロなどの魚の群れ、ライオンやオオカミなどの動物の群れ、など多くの群れがあります。では、なぜ、生物は群れを形成するのでしょうか?
幾つかの説がありますが、代表的なものとして、安全性の増大、配偶者の選択幅の拡大、学習機会の増大、等が挙げられます。このうち、一番目の安全性の増大について説明します。まずは、群れを形成することで大きな生物のように見せかけて敵を威圧し、近づけないようにすることが挙げられます。次に、一部が外敵に対する警戒にあたれば、他の多くのものは獲物を安全に取る時間を増やすことができます。最後に、獲物をチームとして追い込む戦略を発揮して、獲物を仕留めることの効率を上げることができ、群れの安全性を意味する生存率を上げることができます。今述べた、見せかけのサイズを大きくする、外敵に対する警戒、獲物を追い込む戦略、これらは、群れのメンバーが一致協力して、実行に移さなければなりません。一匹が群れの調和を乱したら、そこから蟻の一穴となり、群れ全体が破綻することでしょう。すなわち、分散配置されているメンバー全員が自律し、かつ、全体と協調して動かなければなりません。これを学術用語では、自律・分散・協調と言います。しかし、群れとして高度な戦略をとるとき、先の例では、獲物を追い込む場合には、必ずリーダーが必要です。なぜならば、獲物も知恵を持って必死ですから、敵となる群れと環境に応じて獲物の行動は変化します。その変化に対応しつつ、リーダーは獲物の逃げることの予測に基づき、追い詰めるイメージを描き、そのイメージに向かって群れを適応させる、これには、やはり、リーダーが必要です。いま、私は、群れの機能を発揮するには、自律・分散・協調と、リーダーというキーワードを述べました。これを、違った観点から説明しましょう。2000年代の初め、日本サッカー代表の監督はイビチャ・オシムでした。彼の国籍はボスニア・ヘルツェゴビナであり、出生地はサラエボです。1992年のユーゴスラビア紛争では、ご家族ともども、大変苦労された方です。縁があって、2003年に来日し、2006年に日本代表監督に就任されています。そのときの彼が、選手を選ぶときに、ポリバレントな選手が必要だ、と言っていました。これを当時の日本人は、一部、誤解して、フォワードの選手がバックスの役目も担うことができる、そして、逆も然り、というような選手を考えているのだろうと解釈したようです。これですと、単にユーティリティプレーヤーと言ってもいいはずです。ユーティリティプレーヤーであるならば、個々の選手がチームとは関係無しに、個々に、フォワードとバックスの練習をすればいいのです。そもそも、ポリバレントとは、化学(chemistry)の分野で頻繁に使われる用語で、その漢字は多くの値と書き、多価と読み、その意味は多くの物質と結合することができて、あらたな性質を示すことです。この意味をサッカーに当てはめて考えると、ポリバレントなサッカー選手とは、ポジションが変わったときに、他の選手と新たな結合をもたらし、チームに新たな戦略と戦術、そして新たなチームの行動をもたらすものと言えます。もう一度述べますと、ユーティリティプレーヤーは、単に複数のポジションをこなせる選手であり、この言葉にはチームを変える、という意味を含んでいません。一方、ポリバレントな選手とは、ポジションを変えることで、チームの性質を変えることができる、すなわち、新たな価値をもたらすことのできる選手と言えるでしょう。この用語がなかなか日本人に浸透しなかった理由は、私の憶測ですが、ポリバレントという言葉は、日本人に馴染みのない地域である、ロマン語圏や旧ユーゴ地域で主に使われることが多く、日本人の馴染みのある英語圏のイギリスではあまり使われない言葉のためではないかと憶測しています。現に英語圏の方は、この言葉はあまり馴染みでないと言っていました。
さて、話を元に戻し、みなさんがリーダーになることについて、私から、改めてポイントを整理して述べましょう。第一に、チーム全体が賢く行動するためには、自律・分散・協調が必要であること。もし、自律性や協調性が劣るメンバーがいれば、チームに適合できるように、そのメンバーの能力を高めることがリーダーとして必要でしょう。ただし、適材適所という言葉があるように、全員が必ずしも同じ能力を有する必要は無いはずです。第二に、ポリバレントなメンバーを育てましょう。これは、リーダーたる、あなた自身がその役目を担っても構いません。世の中の状況や環境は時々刻々と変化します。この変化に適応するには、チームの性質または機能も変化する必要があるでしょう。このとき、メンバーの配置換えを行い役割の変更を行い、チームが新たな性質や機能を発揮できるようにすることが、昨今よく言われているVUCA(volatility、uncertainty、complexity、ambiguity)に対応でき、見事にミッションを遂行できるでしょう。これも新たなリーダー像の一つである、ということを覚えておいてください。みなさんには、ご自身らしいリーダー像を創り上げて、チームを鮮やかに率いて、この世において、新たな価値を創り出してください。
最後に、産技大は、社会の技術革新とニーズの変化に適応できるよう、継続して、教育と研究の在り方を探求しています。そのため、産技大は、産業技術分野のDX型教育やリスキル学習等を通して、深い学びができる教育を実施し、さらに、多くの外部機関と連携して社会に貢献できる研究を推進する予定です。そして、修了生や在学生にとっても、また我々教職員にとっても、人々の幸せと、社会の持続的な発展に貢献する、誇りある大学院であるようにいたします。産技大の一員であるという誇りを胸に、皆さんが大いに活躍することを心から祈念して、私からの祝辞といたします。
令和6年9月21日
東京都立産業技術大学院大学 学長 橋本洋志