令和5年度秋季入学式を実施しました
令和5年9月30日、東京都立産業技術大学院大学秋季入学式を実施しました。この日、事業設計工学コース4名、情報アーキテクチャコース4名、創造技術コース3名が入学しました。新入生に向けた学長の式辞を紹介します。
橋本洋志学長 式辞
東京都立産業技術大学院大学に入学された皆さん、入学おめでとうございます。東京都公立大学法人および本学の教職員ともども皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで支えてこられたご家族や関係者の皆さまに、心よりお祝い申し上げます。
本学について改めてご紹介します。本学は専門職大学院です。専門職大学院とは、文部科学省の定めにより科学技術の進展や社会・経済のグローバル化に伴う社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人、すなわち高度プロフェッショナルの養成に目的を特化した課程をいいます。現代社会は科学技術が発展し、個人や社会の価値の多様化が進んでいます。その上に、世界における戦争、紛争、自然災害、エネルギー問題、食料飢饉など、さまざまに複雑な問題に直面しています。そのため、20代までの教育だけでは常に変化する社会で活躍できるのが難しいであろうという認識のもと、東京都と産業技術界の要請により本学は2006年(平成18年)に開学しました。ここでいう産業技術界とは、工業製品だけでなくデザインやサービス、さらに商品開発、事業戦略、地域活性化など、多くの分野を含んでいます。
産業技術界で活躍できる能力を本学はコンピテンシーと称しています。コンピテンシーのもともとの意味は仕事を遂行するのに必要な知識・スキルです。コンピテンシーが提唱された背景は、1970年代にアメリカ政府機関の職員に関して調査した結果、IQの値や学歴は職員のパフォーマンスに相関があまり見られなかったという報告に端を発しています。このため、幾つものコンピテンシーの指標と水準が提唱され、アメリカの多くの一流大学といわれる入学試験は、ペーパーテストだけでなくその能力を測る工夫も行っています。本学でも多様な人材に適する入試形態と中身を工夫し、多角的観点からの入試を実施しています。これは、本学において更にコンピテンシーを高められるだけの資質があるかどうかを見るためのものです。
コンピテンシーを高めるため、本学の教育プログラムではグループワーク、アクティブラーニング、現場志向などを組み入れています。特にグループワークはお互いに刺激と啓発を与えることで、個々人のスキルを向上させるだけでなく、チームとしてのパフォーマンスを向上させる練習を行っています。この理由は、現代社会ではチームのパフォーマンスが求められる重要な局面が多数あるためです。本学のどの教員もこのチームパフォーマンスを高度に向上させる教授法を有しています。そのため、本学の教員を頼ってください。そして、教員を乗り越えてください。教員を乗り越えられないようならば、ご自身で壁を作っていることになり新たな価値を産み出すのは難しいといえるのではないでしょうか。
しかし、学習とはじっと黙っていれば与えられるものではなく、自身で前向きに獲得するプロセスや心構えが重要です。本学で学ぶ上での心構えの一つとして「失敗を受け入れよ」という言葉を送ります。社会人の方は、会社内で失敗をすることはなかなか難しいかと思います。ですが、失敗から学ぶことは多いということも知っているでしょう。大学は企業とは異なりますので、ご自身が成長するためには数多くの失敗を本学で経験してください。
さて、失敗するとはどういうことか。失敗する場合は難しいことを行う、経験したことのないことを行う、または単なるケアレスミスがあります。いずれの場合も、失敗をしたからといってその場限りで諦めて何もしなければどうなるのでしょうか?このことに関連して、次の話をいたします。
マシュー・サイドというイギリスのジャーナリストが書いた本『Black Box Thinking』、これは日本語タイトル「失敗の科学」で出版されています。この本の中で「失敗は“してもいい”ではなく“欠かせない”」と述べています。この事例として、イギリス/サッカー界のデビット・ベッカム選手とアメリカ/バスケットボール界のマイケル・ジョーダン選手を取り上げています。どちらも世界的に有名な選手でした。二人とも小さいころから、気の遠くなるようなシュートの練習を行い、それも何年も何年も続けたそうです。すなわち、二人とも小さいころにはスポーツ選手としてのセンスが先天的にあったわけではなく、努力を続けることができたからこそ、センスが養われたと言ってもよいでしょう。また、二人とも現役選手時代、チームトレーニングが終わってからでも自主練習を重ねたそうです。なぜこれだけ練習をするかというと、当たり前の話ですがうまくできないからです。言葉を換えれば「失敗するから」です。失敗に嫌気がさしたり、弱気になって途中で練習を放棄すれば、人々に称賛される選手にはなっていなかったでしょう。デビット・ベッカム選手は現役の晩年、次のように言ったそうです。
「テクニックを極めるには、絶えず自分を追い込んで努力を続けなければいけません。その経験がなかったら、私はきっと成功していなかった。」
マイケル・ジョーダン選手も同様のことを述べています。それは、
「私は9000本以上のシュートを外し、ほぼ300試合で負けた。」
このように、成功を収めた人は失敗を恐れず、恥ずかしがらず、真正面に失敗と向き合って前向きな考え方をするものです。しかし、これは成功者の話であって自分自身の話とは違うと思われる方がいるかもしれません。そう、現実はもう少し困難です。例えば、チーム活動を行っていると自分の失敗に対して他者からの外圧がかかってくることがあるでしょう。また、非難もあるでしょう。
そのようなとき、すなわち人間は失敗したときに、脳が反応して安易な方法に流れようとする心理や不安を感じるホルモン分泌などの機能が働くことがあります。
本学においてはそのような状態を自身で感じてください。それを感じたときに、チャンスと思って今日の話を思い出してください。そう、自分自身がどう立ち向かうか。あなた自身の心の持ち方が本学における学びの成否がかかっているといえます。自分自身のネガティブな状態を良い方向に変えるには、自分自身でマインドセットを変えるしか無いと言っても過言ではないでしょう。そして、このことも覚えておいてください。大学は企業と異なり、みなさん自身の成長を最も重要な目標の一つとして置いています。この目標を達成できるのならば、失敗は必要なものです。このことも思い出してください。
とはいえ、失敗と成功の狭間に揺れるのは人間の性(さが)でしょう。本学における様々な学習活動において、ある課題に挑戦して、それに対して自分自身が思いついたアイディアが良いと思うことがあるでしょう。また、これだけ努力したのだから、それを認めて欲しいと思うことがあるでしょう。ですが、それらが認められないときには負の感情がときとして生じることがあるでしょう。このようなとき、一旦立ち止まって自身を見つめなおしてください。このような感情とは、自己しか見ておらず他者のアイディアや考え方を受け入れるという視点や態度が抜けています。また、自己主張しただけでは自身の学びは進まない、進ませるには他者の多様な価値観を認めその良さを理解しむしろサポートできるだけの見識を持つ、そのようなトレーニングと経験を経て人間とは成長するものです。特に、みなさんがこれからなろうとするリーダーシップを備えたプロフェッショナル人材とは、そのような資質を有していることが望ましいとされています。
最後に、本学の学びの精神は企業文化や組織文化のものとは異なります。本学はアカデミアとしての大学院ですから、アカデミアの観点からみなさんの能力が高まることに価値を置いています。この観点とは、新たな知識や知見を体系化して新たな価値を築くことです。そのためには、自分の得意な形を一度脱ぎ捨てる場面があるでしょう。自分の実績や経験を他者に語るのは一旦止めませんか。そのうえで、チャレンジングな発想や学びを是非行ってください。チャレンジする以上、当然失敗はありうるでしょうが、恐れる必要はありません。このチャレンジに年齢や経歴は関係ありません。経歴とは過去のものです。みなさんはこれから新たなコンピテンシーを身に付け、人生のターニングポイントとなる大学院生活を送ることで自身の新たな経歴を造ることになります。
新入生のみなさん、本学での学びを通してものごとの本質に迫り、新たな知識と能力を身に付けてください。また、多くの友人も作ってください。「学びは最高の自己投資です。」
令和5年9月30日
東京都立産業技術大学院大学
学長 橋本洋志