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第143回コラム「AIIT型DX教育システム」

2022年8月1日

橋本 洋志 学長

 本学は、DX技能教育のさきがけとして、R3年度にAIIT型の「DX教育システム」を導入した。これについて説明する。

昨今、DX(Digital Transformation)という用語を良く見かける。この意味の発祥と言われる論文、E.Stolterman and A.C.Fors : Information Technology and the Good Life, DOI:10.1007/1-4020-8095-6_45 (2004)の中で述べられた定義は、我が国では拡張されて用いられている。ただ、いずれも共通して言えることは、IT化やデジタル化はツールであり、対象への作用の内容、質、価値などを変えるような行為をDXと称しているようである。

本学は、文部科学省の令和2年度大学改革推進等補助金(デジタル活用教育高度化事業)において、公立大学では唯一「取組②学びの質の向上」の実施機関として採択された。
 事業名:「技能教育高度化のための共創的技能学習プラットフォームの構築」
 https://aiit.ac.jp/education/dx_project/
この事業実施において、AIIT型の「DX教育システム」を導入した。

この説明の前に、ここでいう技能(skill)を説明する。技能とは、知識、知覚、身体運動の感覚運動統合の下で、何らかの価値を産み出すことを言う。例えば、

  • テニス:ルールという知識、球を打つときの体性感覚、それに対するイメージを具現化する身体運動、価値は良いショットを打つ
  • レンズの鏡面仕上げ:光学の知識、磨きの際の光と感触の知覚、その知識と経験からのイメージを具現化できる手の研磨運動、価値は光学的に良いレンズの製作

他にも、伝統工芸製作、舞踊、料理など様々な場面で技能は価値を産み出す。

技能は知覚と身体動作を伴う。人間という生物は約200の骨、約400の骨格筋、約20の感覚系からなり、成長度合い、経験により、骨のサイズ、関節の可動域、知覚が異なる。さらに、運動の自由度が膨大であるから、実は熟練の指導者であっても、学習者の動きを全て正確に見ていることは不可能である。ここに、指導者の暗黙知が介在せざるを得ず、このことが、技能教育の非効率性に繋がっているとされる。
参考文献:経験価値の見える化を用いた共創的技能eラーニングサービスの研究と実証、
https://projectdb.jst.go.jp/grant/JST-PROJECT-13418878/

本学の事業は、これらの分野において、対象者を「初心者」とし、技能学習の「効率化」を図ることを目的とする。ここで、「初心者」「効率化」は多少説明を要する。本事業の構成メンバーは、高専(15歳~)、大学学部(18歳~)、大学院(22歳~)、企業(幅広い年齢層)であり、それぞれの初心者は、その知識、経験値、身体構造が異なる。よって、その教え方も異なると考えるのが自然であろう。しかし、なぜか、我が国では、同じドキュメント、同じコンテンツを用いていることが多い。

教育の効率化は、単なるコストの削減を意味しない。ある学習レベルまでの到達時間の低減は狙いたいものであるが、人により習熟度は異なる。よって、学習者全員に対して一律に到達時間の枠をはめると、いわゆる落ちこぼれが生じて、これは教育上良くない。教育の目標は、何といっても深い学び(例えば、溝上慎一らの論)を得ることである。そのためには、その人に合った学習方法、学習時間、学習目標をテーラーメイドで決められると良い。このことは、ゲーミフィケーションという用語で昨今語られることがあるが、教育論では古くから知られていることである。しかし、現実的には難しい点が多々あるため、万人が良い学習を得られることが今まで少なかった。

学習の話ゆえ、教育論を少し紹介し、本事業への取入れ方を紹介する。

教育目標という用語は教職にある者は誰もが知っている用語であり、世界的標準は何といっても改訂版タキソノミーであろう。これには、水準も同時に示されている。ただし、これは教育目標分類であって、その目標にどうやって到達すればよいかのHowのことは、別途、考えなければならない。

本事業で、幾つかの大学や高専の理工系実験指導書をこの改訂版タキソノミーに当てはめると、知識獲得に重点が置かれていて、スキルの獲得に関する記述はあまり認められなかった。さらに、応用性や創造性を高めるような記述は皆無と言えた。このことは、実験に対する興味や学ぶ動機付けを与えることは、現代の若者である初心者には、難しいのではないかという仮説を持った。

人が学習するうえで、そのプロセスを設計し、その実現化を考えることは重要である。この論で有名なのは、Y.Engestrom(oはウムラウト)の 学習プロセスである。これは、次の項目から成り立つ。
   動機づけ ⇒ 方向づけ ⇒ 内化 ⇒ 外化 ⇒ 批評 ⇒ 統制
詳細な説明は省くが、内化は学習でいうinput、外化はoutput、批評はセルフアセスメントも含んだ評価、統制は新たな問題に取り組めたり、創造性を発揮できることを言う。1番目の動機づけは、最後の統制までの学習プロセスを推進するために必要である。しかし、初心者には外部から動機づけを与えなければ、自ら動機を得て、自己出発することは難しいであろう。さらに、多くの理工系実験指導書は、批評や統制の指導は行っていないため、ある実験が終了して、次の実験に移行するという、この遷移の狭間で、動機づけを見失っている事例を幾つか聞く。

学習の成功の鍵を一つ言うとしたら、学習の継続性であろう。これを維持する原動力は、学習への動機付けであると言える。この動機づけ理論として、A.Banduraの自己効力感を導入した。自己効力感とは、社会的学習に関連して、人間の行動を決定する重要な要因とされる。これには幾つかの項目があるが、ここでは、次の2点に注目した。

  • 直接的達成経験:成功体験を積み重ねること
  • 社会的説得:概論すると,他者から承認(褒められる,励まされる)される

本事業では、IT/デジタル化技術(マルチメディア、多視点映像、VR、チャットボット、クラウドなど)を駆使して教育システムを構築し、学習者はこれをいつでも、どこからでも利用でき、さらに、知覚と身体のイメージトレーニングが行えるようにした。このような学習は、実験などの予習に威力を発揮した事例を見出している。そして、初心者に自己効力感を与え、学習プロセスの出発をスムーズに行え、内化を自分のペースで学習できるという利点もある。そして、実験後の復習においても、チャットボットが対応することで、質問に対する心理的障壁を下げて、復習に興味を抱かせるような工夫も導入している。この工夫は上記の考察に基づくものである。

 R3年度の後半にFS(feasibility study)を開始し、従来の学習法では見られなかった、動機付けと学び方の知見を得ており、R4年度はこの知見を確実なものにするための検証を進めている。この成果と知見は、学会のみならずフォーラムや講習会などで広く一般に還元する予定である。

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