第3回コラム
「日本が世界に誇れること」
情報アーキテクチャ専攻専攻長 戸沢義夫
世界的な経済危機が進行し、日本の製造業は大打撃を受けています。特に、自動車産業の落ち込みはひどく、仕事の絶対量が大幅に減っているので、その影響を受けている人も多いのではないかと心配しています。しかし、短期的には危機的状態と言えますが、もう少し長期的に考えてみたらどうだろうかという思いで、本稿を書いています。
アメリカではGMが破綻状態に陥っています。トヨタも業績予想を何度も下方修正しており、経済危機ニュースが先行して目立たなくなっていますが、世界第一位の自動車会社はGMからトヨタに移ったと見てよいでしょう。日本は世界第一位の自動車会社を排出する国になりました。日本が世界に誇れる快挙です。
世界一になった直接的要因は品質の良さにあります。日本人は非常に高品質な製品を作る能力を持っています。品質の作り込みは一朝一夕にできるものではありません。長年の努力の結晶であり、品質を悪化させる要因を排除する文化を定着させた結果なのです。
トヨタがはぐくんできた文化は、明らかに米国流の経済至上主義とは違います。トヨタは世界一を目指すことを会社の目標としたことはありません。世界一になりたいと思っていたわけでもありません。時代がトヨタを世界一に押し上げてしまいました。日本の取り組み、文化が世界一を引き寄せたのです。
図1は私が大好きなダイナミック・スタビリティ・モデルです。4つの象限に分かれており、企業がどの象限でビジネスを行っているかにより、それに合った企業組織、ビジネスプロセス、情報システムが違っています。企業は(1)(2)(3)(4)のこの順序に沿って発展していくと主張します。このモデルは、自動車産業の発展段階を見事に説明します。
(1)はInventionで自動車がなかった時代に、初めて自動車が発明された時を指します。すべて手作りで1台1台生産するため、自動車は極めて高価なものでした。それを大量生産できるようにしたのが(2)mass productionです。フォードが自動車を大量生産する方法を考えだし、価格はずいぶん安くなりました。
アメリカ的発想では、労働者(blue worker)は指示された通りの作業ができればよいと考えます。作業指示する人と指示される人との境界は明確に分かれています。Blue workerはロボットと同じ扱いで、作業方法を改善したり、より良くするようなアイデアを出すことは全く期待されていません。背景には、作業ミスが発生しても、作業者が悪いというよりは、ミスするような作業指示を出した人が悪いという文化があります。その結果、1980年代には、アメリカの自動車は日本車の品質の良さに勝てなくなってしまいました。
(2)mass production の次に来るのが(3)continuous improvementです。トヨタに代表されるカイゼンです。工場作業員を含めて誰でも改善のアイデアを出すことが奨励されています。いいアイデアは採用されます。日本では、改善を継続的に行っていくQCサークルやTQC活動が製造現場に根付いています。品質の良さは、不良品を作らないように製造現場で品質の作り込みを行うことで達成されています。
(3)continuous improvementで最も成功しているのがTPS: Toyota Production System(トヨタ生産方式)です。TPSはリーンなPull生産です。後工程が「欲しい」と言ってきたら、その分だけ生産します。「欲しい」という意思表示にかんばんが使われています。
必要な物を、必要な時に、必要な量だけ生産します。生産計画を作り、計画通りに生産するのではありません。生産計画は生産準備のために使いますが、かんばんでPullされるまでものを作ってはいけません。まとめて作ってはいけません。Pullされた量だけ作ります。計画を見て生産してはいけないのです。TPSでは、計画系と実行系は別であり、切れています。
計画を見て生産してはいけない、というのは、まとめて作るほうが簡単だという考え方に反しています。ともすると安易さに流れがちになる心理に対する戒めになっています。TPSの根底では人間力を求めています。
JIT(just in time)では、部品メーカーと製造ラインとの協力が求められます。部品が必要になる時間に部品メーカーが製造ラインに部品を届けます。この結果、部品在庫を持たないリーンな生産が実現しています。これには、部品メーカーへの信頼と、約束をその通り実行する行動力が不可欠です。JITを実現しているのはシステムだけではありません。互いに相手を信頼して協力する人間力なのです。
TPSでは、部品メーカーを含めたすべての人が協力し合い、全員が少しでも良くなるようなアイデアを出し合うカルチャーを作り上げました。基本は人間力です。ここは他の国ではなかなか真似のできない部分です。
今回の経済危機で、まだ使える車を新車に買い換える需要は大幅に減ったかもしれません。しかし、インドや中国などでの自動車需要がなくなったわけではありません。グローバルで見れば開発途上国での自動車需要は根強いものがあります。一時的に辛抱していれば、近い将来、自動車産業は必ず活気を取り戻します。その時は日本が席巻している可能性が高いのです。