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第46回コラム
「心情的惰性」

創造技術専攻 准教授 越水重臣

心理的惰性 (Psychological inertia)

 先日、あるセミナーに参加したときに、グループワークに入る前のアイスブレークとして「イメージ交換ゲーム」というものを行いました。イメージ交換ゲームとは、その日に初めて会うメンバー同士で相手の性格や趣味を推測し合うゲームです。
簡単な自己紹介をしてからゲームを開始するのですが、初対面のメンバーでろくに話をしていない状態で始めるものですから、ほとんど第一印象だけで相手を判断するしかありません。普段から、「人を見る目がある」と自負していた自分でしたが、このゲームをしてみると、内向的でおとなしく見えた人が実はスポーツマンであったり、典型的な日本人に見えて和食が好きそうだと予想した人が、意外に海外旅行が大好きで食べ物も外国のスパイシーな料理が好きだと言ったりします。結局、ゲームの成績は思いのほか悪く、「人は第一印象で判断してはいけないな」と改めて教訓を得たものでした。

 このように第一印象、さらに言うと「思い込み」で判断して行動してしまうことは、仕事においてよくあることです。例えば、技術者の場合で、会社で何か技術的な問題が発生したとしましょう。技術者はその問題を解決するのが仕事なのですが、これまでの自分の経験やその会社の常識、その業界のしきたりなどに凝り固まって近視眼的に解決の方向性を決めてしまうことが往々にしてあります。しかし、本当に有効でイノベーティブな解決策はまったく別の方向にあるのかもしれません。例えば、機械工学が専門の人は、ついつい機械工学的な解決手段を考えがちなのですが、実は化学工学的な方法が理想的な解決策であったりするといった具合です。

 私が本学で教えているTRIZ(創造的問題解決の理論)では、問題解決において、自分の経験や会社の常識に囚われていることを「心理的惰性」が働いていると言います。TRIZとは、旧ソ連で特許審査官をやっていたアルトシュラーという人が第2次世界大戦後に20万件の特許を調査し、人間の発明にはいくつかの思考パターンがあることを見出したことが発端となっている「発明のための理論」です。その発明理論の第一原則が心理的惰性の払拭なのです。心理的惰性と言うと難しく聞こえるかもしれませんが、やさしい言葉で言い換えると「思い込み」になります。この思い込みから逃れて、正しい解決策の方向を示してくれるのがTRIZなのです。

 このTRIZは「創造設計特論」という講義の中で教えられています。そして、講義の中では、心理的惰性(=思い込み)を払拭することの重要性を繰り返し説いていきます。心理的惰性の払拭には、問題をいろいろな方向・視点・切り口から捉えることが大事で、そのための具体的方法やテクニックを教授していきます。

 それでは専門的知識は不要かというと、もちろんそんなことはありません。問題解決に至るまでには、問題の要因を洗い出したり、根本原因を追究したり、解決策を立案したりする作業があり、そういった場面では専門的知識が欠かせません。結局のところ、技術者や研究者にとっては、TRIZのような発想支援技法と自分の専門技術に関する知識の両方が必要であり、場面によって適切に使い分けることが肝要になります。

 それにしても、常識や思い込みといった心理的惰性を打破することは問題解決の第一歩として非常に重要だと思います。難しい問題になればなおさらです。我が創造技術専攻では、イノベーションの創出を目指しておりますが、その第一歩ができなければイノベーションは起こせないということなるのでしょう。

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