第38回コラム
「先を見越す力」
情報アーキテクチャ専攻 教授 加藤由花
私たちの周辺では、数年後の技術を予測するという企画がよく実施されます。官公庁は技術戦略マップを策定し、ビジョンや技術的課題が産学官で共有されることを期待しています。多くのシンクタンクは、毎年、次年度の技術トレンドを予測し、発表します。私が所属する学会の研究会でも、150回という節目にあたりこのような主旨でシンポジウムを企画しています。1994年に「2010年マルチメディア通信と高速・知能・分散・協調コンピューティング」というタイトルでシンポジウムを開催しているのですが、2010年にあたる今年にそれを振り返り、これからの10年を予測してみようというものです。この連載コラムのタイトルも「不確かな未来との対話」ですから、今回はこの「先を見越せる力」について考えてみたいと思います。
本学は専門職大学(Professional School)として、プロフェッショナルの育成を目的とした大学ですが、そもそもプロフェッショナルとはどのような人材なのでしょうか?建学の理念には「専門的知識と体系化された技術ノウハウを活用して、新たな価値を創造し、産業の活性化に資する意欲と能力を持つ高度専門技術者」と記されています。私自身はこれに加えて、業界をリードしていく人材になること、そして業界の方向性を示し、次世代人材を育成していける人材になることこそ、プロフェショナルが目指すべき方向であると思っています。このときに重要になるのが「先を見越せる力」です。10年後、20年後の技術を見据え、そのために何をすべきかを考えていける、そのような人材がプロフェッショナルであると思います。
実際には、技術革新のスピードは速く、数年先の予測ですら困難な場合が多いのが現実です。予測をはるかに超える技術が登場する一方、予測が大きく外れ全く異なる方向に進んだ技術もあります。IEEE(米国電気電子学会)のSpectrum誌の記事では、1964年に予想された2000年の技術として、海底都市や月面での生活などが挙げられています。現実世界ではこれらの予想は全く的外れですが、バーチャルな世界の進化を考えると、当時は想像もつかなかった世界が実現していることがわかると思います。これでは時代が違いすぎますが、2001年の予測になると、ぐっと精度は上がります。同じくSpectrum誌での2001年時点での近未来予測では、携帯電話の普及による常にネットワークに接続された社会(the Always-On World)、Power Gridによるエネルギー効率の良い社会(現在のスマートグリッド)、電気自動車やハイブリット車の普及、超大規模データを扱うための分散グリッド技術(クラウドという言葉は使われていませんが)等が予測されています。ここ数年実用化されつつある技術が網羅されている感があり、「先を見越せる力」の持つ意味が理解できると思います。
実践的な教育というと、すぐに役立つ技術の習得や、即戦力を身につけることが目的と思われがちですが、大学院ではぜひ、10年後も通用するスキルを身につけて欲しいと思います。その一つが「先を見越せる力」ですし、これを修得しようと意識していると、他のスキルも自然に身につくように思います。例えば、そのときに革新的に思える技術も、コンセプト自体は過去に存在していたものであることは多々あります。様々な分野の基礎、基本、技術の変遷(歴史)等をしっかり学んでおくことにより、流行りの技術の本質がわかるようになります。さらに、その向かう先を予測できるようになり、それが「先を見越せる力」につながります。また、自分の専門にとらわれずに、幅広い分野に興味を持ち学んでおくことも重要です。他の分野から取り入れられた技術が、新たな革新的な技術に結びつくことも多くあるからです。かつて通信とコンピュータは別分野として発展してきましたが、現在、これらを分離して考えることはナンセンスです。さらに、学術研究の動向を押さえておくことも重要です。すぐに実用化されないかもしれませんし、消えていく技術も多くあります。しかし、前述の2001年時点の予測のように、先を見越す力を大いに助けてくれる場合も多々あるのです。