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第29回コラム
「物事を裏返して眺めてみる-「双対」のススメ」

情報アーキテクチャ専攻助教 森口聡子

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 双対(そうつい、dual)とは、互いに対になっている2つの対象の間の関係を表す言葉である。 2つの対象がある意味で互いに「裏返し」、「表裏」の関係にあるというようなニュアンスで、双対の双対はある意味で "元に戻る"ようになっている。また、2つのものが互いに双対の関係にあることを「双対性がある」などと呼ぶ。双対は多くの理学・工学・情報学の分野に表れる大事な概念である。

 電流と電圧(ポテンシャル)、電場と磁場などのそれぞれに双対関係が成り立つことが有名な物理公式で見ることができるし、命題を論理式として表すときも、論理和と論理積とをすべて入れ替え、全称記号と存在記号とをすべて入れ替えたものをもとの論理式の双対として扱うことで「双対の原理」が導かれ、命題の証明に用いられたりする。頂点(節点、ノード)の集合と枝(辺、エッジ、リンク)の集合で構成され、地理的情報やネットワークの構造を表現するのに広く用いられる「グラフ」でも、与えられた平面グラフに対し、その外面も含む各面に新たな頂点を対応させ、もとのグラフで隣り合う面に対応する頂点同士を結んで得られるグラフである、元のグラフの「双対グラフ」が、効率的なグラフアルゴリズム構築の鍵となることがある。連続最適化問題(線形計画問題、非線形計画問題)では、元の問題(主問題)に対して「双対問題」を設計し、主双対どちらの観点からも問題を捉える「双対定理」が、非常に重要な定理として存在している。離散最適化の分野でも、離散凸解析の枠組みで、双対性を効率的なアルゴリズムの構築に役立てている。「主双対アルゴリズム」という枠組みが確立しているほど、双対を考えることは、アルゴリズム構築において強力な武器であり、これからも多くの双対性を利用した研究がなされていくことであろう。

 ここにはとても書ききれないほど、理学・工学・情報学などで幅広く課題解決に貢献している「表裏」の関係は、私たちの生活の身近なところ、文化的なところにも潜んでいる。

 さて、"パワースポット"という和製英語がはやっているようである。風水やスピリチュアリティの観点から "癒し"の助けになる精神的なエネルギー(的なもの)が集中していると見なされる場所をさして用いられている言葉であるが、その"効能"や"根拠"について科学的裏づけはなく、ブームの昨今では、単なる景勝地、観光地までも気軽にパワースポットに含められているようだ。昨今の歴史ブームもあいまって、日本国内旅行で神社、仏閣に足を運ぶ人が増えているという。科学的根拠なき対象に縋ることを勧める気持ちは更々ないが、流行がきっかけでも、文化的・歴史的背景に触れることが注目されるのは悪いことではないと思う。 「お伊勢さん」の愛称で古くから親しまれている伊勢神宮も、近頃では中高年層だけにとどまらずその人気が上昇しており、「式年遷宮」という定期的に行われる大きな行事に際して観光客数ピークが現れる既知のファクターに依らず、参拝者数が増えているという。この伊勢神宮、正式名称は「神宮」で、皇大神宮と、豊受大神宮の2つの御正宮を代表に、その他別宮など125社の神社からなるという事実をご存知だろうか。

 太陽を神格化した天照大御神を祀る皇大神宮を一般に内宮(ないくう)と呼び、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮を外宮(げくう)と呼ぶ。内宮と外宮は離れた場所にある為、観光客は時間の都合上、近隣に観光スポットが整っている内宮のみ参拝して帰路に就くことも少なくないが、本来は先ず外宮を参拝してから、内宮に参拝するのが古来からのならわしとして正しい方法とされている。

 そのネーミングから双対の関係を想像できる外宮と内宮、実際にあらゆる点で双対性が観察できるのだ。それぞれの祭神について、外宮は衣食住の守り神であることから「大地」に関連し、一方内宮は「太陽」に関連している、これはまず双対の関係と言えよう。正殿は、外宮も内宮も、唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)という、出雲大社の大社造とともに日本最古の建築様式とされている様式で、ほぼ同じ規模である。正殿の屋根は萱葺で、太い棟持柱が両妻を支えている。さらに屋根の上に棟に直角になるように何本か平行して並べた木のことである「鰹木」が特徴的で、その本数は外宮が奇数の9本、内宮が偶数の10本となっており、偶奇の対応関係にある。なお、奇数は陽数、偶数は陰数と呼ばれることもある。屋根の東西両端、破風板の先端が屋根を貫いて、千木(ちぎ)と呼ばれる構造になってる。千木は古代、屋根を作るときに木材2本を交叉させて結びつけ、先端を切り揃えずにそのままにした名残りと見られる。外宮では千木の先は地面に対して垂直に切られて(これを外削、そとそぎという)いるのに対し、内宮では、千木の先は水平に切られて(これを内削、うちそぎという)いて、この点にも裏返しの関係が観察される。さらに、それぞれの別宮でも、鰹木の本数の偶奇性や、千木の垂直と水平のルールは踏襲されているなど、別宮などを含めても美しい「双対性」を捉えることができる。

 古代の人々も大事にしてきた、表と裏の両面性。物事を表と裏の両面から捉えようとすることは、何事においても大事なことである。難題に直面したとき、表面的なこと、偏った一定の面だけにとらわれることなく、「裏返し」てみてほしい。その「裏」に潜む構造に、解決のヒントが隠されているかも知れない。

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