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第23回コラム
「和歌に学ぶ情報の伝承」

情報アーキテクチャ専攻 助教 長尾雄行

 お正月になると各地でかるたとリ大会が行われます。着物姿の子供たちが詠み上げられる和歌に耳をすませ、畳の上に並べられた札を奪い合う姿が報道されます。小倉百人一首の歌がこのような形で広く親しまれようとは、撰者の藤原定家も想像しなかったことでしょう。古今和歌集などの勅撰和歌集で伝えられてきた数多くの歌の中から、年代別に百首撰んだのがその始まりとされ、千年以上前に詠まれた歌もあれば、定家自身の歌もあります。昔の人々の心情が和歌の形で保存されて現代に伝わり、大衆に伝承されていることに驚きを感じます。

 そもそも、小倉百人一首は屏風絵のためのものだったと言われています。最初は遊び心で作られたのかもしれません。時代が下って戦国時代の末から江戸時代に入ると、西洋から伝来したトランプ風のデザインが取り入れられて、カードの形になったようです。さらに、江戸時代末には木版印刷の発達によって量産化が進み、庶民でも楽しめるものになりました。現代のかるたはこの時期にはほぼ完成していたと考えられます。

 もし仮に、小倉百人一首や勅撰和歌集が作られず、和歌がばらばらのまま点在していたとすると、多くのすばらしい和歌が歴史に埋もれて忘れ去れ、その存在すら現代に伝わらなかったかもしれません。同じことが、インターネット上でやり取りされている膨大な情報についても当てはまります。中には後世へ残すに値する情報も多いでしょう。価値ある情報を長く伝承するにはどのような工夫が必要でしょうか。情報を発信する側やそれを受け継いで伝える側はどんなことに気を使うべきでしょうか。和歌の伝承のあり方を知ることで、こうした疑問に対するヒントが得られます。

 まず、和歌を編纂して和歌集を作るのと同じように、散在した情報をひとつに集め、その中から面白い情報、価値ある情報を撰び、多くの人の目に触れるようにすることが必要です。そうすることで、後世の人は、その時代の流行を、集められた作品から推測することもできるでしょう。 インターネット上で絶え間なく作り出されている膨大な情報をすべて記録して後世に伝えるだけでは、その時代の風潮までは伝えられません。勅撰和歌集に撰ばれた和歌が、小倉百人一首を経て現代に伝わっていることを考えると、私たち自身の手で残すべき情報を撰んで伝承していくことに価値があると言えます。

 もう一つ大事なことは、普及のしやすさと保存のしやすさのバランスがとれた方法で情報を伝承することです。和歌の場合、和歌集という書物に収められることで保存がしやすくなり、カードの形になったことで、子供でも楽しめる身近なものとなりました。保存性は書物より低くなりましたが、より普及しやすくなったと言えます。一般的に、情報は社会に普及することで、その時代の人々に伝わり、伝わった情報が保存されることで後世に伝承されます。普及と保存のどちらも欠くことができません。小倉百人一首の和歌の場合、両者のバランスがとれた、かるたという媒体で伝わったことがうまく伝承された理由でしょう。

 以上のように、和歌の伝承から学べるのは、後世に伝えたい情報は私たち自身の手で伝えやすい形に整理しておくことと、整理した情報を普及と保存がしやすい方法で末永く伝承していくことと言えます。普及のためにはインターネットが現在のところ最も優れていますが、保存のためには印刷物に勝るものはまだ現れていないように私は思います。

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