第145回コラム「海外調査の変化」
2023年8月8日
王 中奇 助教
この考察を書く前に、まず個人的な経験について少し話したい。中国で大学を卒業した頃、一般にはあまり知られていなかったかもしれないが、当時、日本には世界最高水準のマルクス主義経済学者が多かった。私は、そんな日本でマルクス主義経済学を学びたいと思い、来日した。国有企業だけが中国経済を救うことができるという仮説を立て、東京都立大学で勉強を始めたが、研究を深めれば深めるほど、国有企業が中国を救うのは困難であるという結論を出した。その後、多国籍企業経営に研究方向を転換したが、それは社会経済において最も基本的な単位である企業がどのようにグローバル的に運営されているかを研究しようと考えたからであった。
しかし、私の研究方法は、欧米において主流であった定量的なデータ分析という研究方法とは異なり、どちらかというと定性的な研究方法である。要するに、具体的な事例分析を通じて、現場から企業のグローバル化運営のルールや方法を見出していくことである。そのため、世界中の企業を訪れ調査を行うことは、研究資料を収集するために必要な手段であり、海外調査ができなければ私は研究を進めることもできないし、海外調査の可否は私の研究で非常に重要な部分を占めると言っても過言ではない。ここでは、私が多国籍企業研究を始めてからの10年間、海外調査においてどのような変化があったのかを述べたい。
まず、一つ目の感想としては、海外調査はますます困難になり、世界はますます閉鎖的になっていることである。閉じられた世界というのが近年の特徴であるとも言える。グローバリゼーションが徐々に国内中心に変わり、国境がますます閉鎖的になり、国と国との格差が広がるにつれ、海外調査はますます難しくなっている。
かつて、人々は国境を越え、異なる文明を探求することに熱心だった。学者、旅行者、ビジネスマンにとって海外調査は必須であり、それは人類の知識と文化交流に計り知れない貢献をしてきた。しかし今日では、こうした交流を制限する要素がますます増えてきている。政情不安、利権をめぐる経済紛争、伝染病の流行など、海外調査の難しさを痛感する。
海外調査が困難になった原因は色々とあるが、世界情勢の変遷と国家間の勢力争いの結果ともいえる。資源や市場をめぐる国家間の競争は、貿易戦争を頻発させた。また、知識や技術の一国独占により、情報の流れが制限され、普通の文化交流さえできなくなる。
次に、二つ目の感想としては、海外調査は昔の個人調査からチーム調査へとシフトしていることである。情報量が爆発的に増えた今日、海外調査ではより専門的な知識や技術力が求められる。要するに、対象企業の所在国の政治、経済、文化、社会などの情報を深く理解し、分析する必要がある。また、情報技術の進歩に伴い、情報の取得と処理のスピードは速くなったが、それと同時に複雑で膨大な量の仕事になってしまう。このような膨大な仕事を一人で引き受けることは難しく、各メンバーの専門知識やスキルで互いに補完し合い、相乗効果を発揮する必要がある。
加えて、海外での調査は、異なる文化や価値観の衝突や理解を伴うことが多い。一人だけの限られた視点や経験では、偏見や誤解が生じる可能性がある。一方、多様性のあるチームでは、各メンバーが独自の文化的背景や視点を持ち、互いにコミュニケーションを図り、学び、理解し合うことができる。チームワークによって、より問題の中心を捉えることができ、調査の質と精度も向上する。
最後であるが、これらを踏まえ、今後の海外調査特に中国における調査が無事に続けられるように祈る。