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第134回コラム「うずらと暮らす。」

2021年8月3日

伊藤 潤 准教授

 コロナ禍で伸びた巣ごもり消費のひとつとして「ペットノミクス」が挙げられている。筆者もご多分に漏れずペットを飼い出した。犬や猫のように10年以上も一緒に暮らせる動物だとペットロスが甚大で耐えられないのではないか、と考え、柴犬を諦め小動物を飼うことにした。初めてのペットとして選んだのは鶉。読者の皆さんは「鶉」の字、読めるだろうか。正直に告白しておくと、この原稿を書くまで筆者は読めなかったと思う。答えは「うずら」である。ちなみに生物学分野では動物種のことはカタカナで表記するのが常だが、ひらがなの「う」と「ら」がなんとなくうずらのフォルムに似ているので、本稿では敢えて「うずら」とひらがな表記をすることにする。

 うずらの学名はCoturnix japonicaであり、五月を「鶉月」と呼んだり、万葉集の大伴家持の歌に歌われていたり、と日本人が長いこと親しんできた鳥である。野生のうずらは環境省のレッドリスト2020では絶滅危惧II類とされており、2013年以降は鳥獣保護管理法の狩猟鳥獣から外れ、狩猟が禁止されている。一方、日本において家畜(家禽)化された唯一の動物であり、法的には家畜として扱われる。愛玩目的であっても飼育する場合は家畜伝染病予防法に基づき、毎年都道府県知事への届出が必要になる。書類一枚書いて郵送するだけなので大して面倒ではないが。

 うずらを飼っている、と言うと大抵の人が興味を示す。うずらの卵を一度も食べたことがない人はあまりいないのに対し、うずら自体を見たことがある人が極端に少ないからであろう。初対面の人との会話の糸口ともなるので、人見知りを自認する営業職の人にはうずらを飼うことをおすすめしたい。

 うずらとの出会いは、前職時代にペット用品の企画のリサーチのために訪れた、都内の某ペットショップであった(そういえばその後ペット用品のデザインをした記憶がないので企画倒れしたのかもしれない)。初めて見るうずらは、猪の「ウリ坊」のような柄とフォルムで愛らしかった。売値は2,000円くらいであったと記憶している。犬や猫に比べてなんと安いのだろう!と驚いたものである(ハムスターもそれくらいの値段だと後で気付くのだが)。

 そんなに安いうずらであるが、果たして人に懐くのか。懐きにくい動物をわざわざ初めて飼うペットに選ぶ必要もない。調べてみると、成鳥では個体差があるようだが、卵から孵せば懐くという。ならば卵から孵すに限るだろう。

 インターネットで探すと簡単に有精卵と孵卵器を買うことができた。10個近くの有精卵を、全部孵ってしまったらどうしようと思いながら孵卵器にセットし、38度を保つこと17日。孵卵器が少しずつ卵を転がしてくれるため、転卵という作業も必要なく(そんな作業が必要だということも初めて知る)、基本的にはただ待つだけである。

 ただ待つだけ。これが難しい。ちゃんとこの卵たちは育っているのだろうか。卵に光を当てると、中の胚の発生状況が目視確認できるという。光源はiPhoneのライトで充分という。保温を始めて数日もすると、血管のようなものが見えたり、胚の拍動が見えるようになるというのだが、素人にはどれが有望な卵か見分けるのが難しい。難しいといって卵をこねくり回したり、長時間外気温に晒すと胚発生が止まってしまったりもするらしい。

 結局孵卵は2回失敗した。失敗、というのは、まったく胚発生せずただの黄身のままの卵から、全身に羽根が生えうずらとしてほとんど完成しているものの卵の中で力尽きてしまったらしいものまで様々である。これでダメならもう諦めようか…という3回目のトライでようやく2羽がほぼ同時刻に孵ってくれた。有精卵を購入したのだが、孵化の成功率は20%前後ということになる。案外難しい。

 卵が孵る予定日の前々日あたりから、時々「ヒヨヒヨ…」という声が卵から聞こえて来て驚いた。孵化直前の卵の中では雛がほぼ完成していて、当然呼吸もすれば鳴きもするというわけだ。ちなみに卵の大きな方に「気室」と呼ばれる空気だまりがあり(図1)、そこで雛は呼吸をしているらしい。だから卵は必ず大きな方から嘴が突き出てきて、やがて割れて雛が出てくる。ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』のリリパット国が新しく作った「卵の小さい方から剝け」という法はやはり誤っていると言えよう*1

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図1 光を下から当てた孵化前日くらいの卵。黒い部分は雛で、光が透過している部分が気室。(筆者撮影)

ひよこの状態は2週間ほどで、あっという間に成鳥になる。うずらは一応渡り鳥なので、飛ぶことも出来るのだが、部屋の中で放しても基本的には床をでちでちと走りまわる。たまに気が立っていると飛ぶこともあるが、極めて稀である(と書いていたら本当に久しぶりに飛んだ!)。人間の言葉をなんとなく理解しているようでもあり、表情らしきものはほとんどないが、鳴き声が変わるので機嫌もわかる。またエサの好みや性格は結構個体差がある。ミルワームなる虫を手でやると懐く、などというが、我が家のうずら達は市販の魚粉中心のエサを喜んで食べて成長しているし、ちらつかせると飛びかかってくるほど大好きなのは豆苗や白ゴマである。虫フリーで飼えることをお伝えしておきたい。

 撫でまわしても嫌がらず、人間の隣でごろんと横臥して寛ぐ「ベタ慣れ」タイプもいれば、近寄ってくるので撫でようとすると嫌がって逃げる(すぐまた近寄ってくる)という「ツンデレ」タイプもいる。じゃれているのか手を突いてくることもあるのだが、手を突くと怒られるとわかっているからか、一瞬逡巡したり、手ではなく服の袖口を狙って突いてくるなど、明らかに知能ある行動を見せるので驚かされる。

 実際に飼ってみると、事前に得ていた情報と違うぞ、ということがあった。鳴き声と卵に関してである。

 うずらは結構鳴き声が大きいとされている。ギョケキョー!というような叫び鳴きが「御吉兆」と聞こえる、ということで武家に好まれ飼育されていたともいうのだが、これまで我が家に生まれたのはメスばかりのせいか、みな囁くような鳴き声である。ピヨッ。ピユピユ。ピョピッ。フィッフィッ。ピュルリッ。グルルー。こんな感じである。産卵後に多少大きなヒーーーヒヨヒヨヒヨという鳴き声を出すこともあるが、基本的にとても静かで癒される。嬉しい誤算である。

 うずらの卵にはカモフラージュのための斑紋があるが、これは産卵前2~3時間に胎内で分泌される色素でコーティングされることで生成される*2。個体ごとに産む卵の斑紋の柄は異なり(色素を出す細胞の分布によるらしい)、同じ母鳥から産まれる卵は柄が似ているからわかるという。うずらも自分が産む卵の柄を自覚しているらしく、カモフラージュに適する土砂の色を選んで産卵する、という研究結果もある*3

 さてここで我が家のうずら達の産んだ卵をご覧いただきたい(図2)。同じ個体が産んだ卵の斑紋のバリエーションはかなり幅広く、どのうずらが産んだのかを柄で判別するのは無理ではないか…?と思う。なお、写真右の白うずらが一度だけ早産なのかコーティング前の真っ白な卵を産み、大変驚かされた。

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図2 うずらの産んだ卵。左が最初に孵ったうずらとその卵。右は次に孵した白うずらとその卵。(筆者撮影)

絵本などではニワトリの卵は簡単にポーン!と産まれるように描かれている気がするが、我が家のうずら達は産卵前に小一時間落ち着きなくうろうろし、いざ産卵の際には体積(表面積?)が1.5倍くらいに膨らむくらいいきむ。やはり結構な重労働のようで、うずらの寿命はメスの方が短いという。そんな産卵の様子を見ていると、小売価格でも1玉10円ちょっとにしかならないのが気の毒になる。なお、日本のうずら農家は最盛期は1000戸を超えていたというが、コロナ禍で全国わずか27戸にまで減ってしまったという。皆さんもうずらの卵をもうちょっと食べてあげてください。

 ペットを飼うことのメリットは、月並みだがやはり生命の神秘と尊さを体感できることだろう。最初に孵った子は毎日のように卵を産んでいたが、ある日の産卵後突然衰弱し、動物病院に連れて行ったものの原因もよくわからぬまま翌朝旅立ってしまった。自分の掌の中で命の灯が消える辛さはもう味わいたくないが、ペットロスを埋められるのはペットしかない、というのも理解できた。今我が家には白いうずら1羽と最近迎えたブルーサファイアハムスター1匹がいる。

 鳥が食べてはいけない食べ物を調べると、アボカドが鳥にとっては猛毒であることを知る。片脚立ちをしている姿を見て珍しいなと調べると、寒くて片脚を体につけているのであり、フラミンゴも水の中で寒いから片脚を上げている(!)と知る。他にも、養鶏の盛んな土地柄名古屋大学でうずらの研究が盛んであり、既にゲノムも解読されている、その名も『鶉図』という国宝が根津美術館に収蔵されている、麻痺の「痺」の字は実はうずらのメスの意味の字である、といった知らないことが芋づる式に出てくる。筆者はいわゆるダブルマスターというやつで、農学修士も持っており、畜産学も一通り齧っていてニワトリに関しては多少の知識があるのだが、うずらに関しては知らないことだらけである。

 今や情報は我々を覆いつくすほど存在しているが、結局は自分が興味関心のある情報しか目に入らないようになりがちである。セレンディピティ(serendipity)と大袈裟なことを言うつもりはないが、無数の芋づるの中から新しい芋づるを掴む切っかけを得ることは案外難しく、意識して新しいことを始めるのが良いと思う。

 というわけで、皆さん、大学院で再び学ぶ、という「新しいこと」を始めてみてはいかがですか?

*1 ガリバーが最初に訪れるのがリリパット国であるが、この卵の剝き方の法のくだりはイギリス国教会とカトリック教徒の争いの風刺であるという。これも本稿の執筆によって知ったことである。

*2 田中耕作, 今井達夫, 古賀脩. 日本うずらの卵殼表面における色素沈着過程について. 日本家禽学会誌, 14 (5), 1977, pp. 229-231.

*3  P. George Lovell, Graeme D. Ruxton, Keri V. Langridge and Karen A. Spencer. Egg-Laying Substrate Selection for Optimal Camouflage by Quail. Current Biology, 23 (3), 2013, pp. 260-264. https://doi.org/10.1016/j.cub.2012.12.031

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