第16回コラム
「ロバストな生き方」
創造技術専攻准教授 越水重臣
タイトルを見て、「ロハス(LOHAS)な生き方」の間違いでは?と思われた方もいらっしゃるでしょう。ロバスト(Robust)という言葉は、一般の方には聞きなれない言葉かもしれません。Robustとは、日本語に直訳しますと「頑健(がんけん)」となります。他の英語では、StrongとかHealthyに近いニュアンスがあります。
実は、私の専門の1つは「“ロバスト”デザイン」と呼ばれる設計手法なのです。田口玄一博士によって開発されたことから「タグチメソッド」と呼ばれたりもします。
設計手法ですから、技術開発や製品設計の場面で使われます。
例えば、市場に出荷された製品は、客先において様々な環境下で、色々な使われ方をします。そのような市場(客先)における環境条件や使用条件を「ノイズ」と総称します。しかも、ノイズは技術者がコントロールできない因子です。そして、市場においてそれらノイズが複合して製品に襲いかかることで思わぬ品質トラブルを引き起こすのです。
そこで、あらかじめノイズに対して頑健な製品設計をしておいて、市場トラブルを未然防止することが必要になってきます。それを実現するのが、ロバストデザインです。くどいですが、ロバストな製品とはノイズに対して頑健な製品のことになります。
しかも、ロバストデザインのやり方は、極めて巧妙です。ノイズを管理したり排除したりすることはしません。技術者がコントロールできる設計因子の条件を最適に組み合わせることで、ノイズが製品性能に与える影響を減衰させるという方法をとります。ノイズに手を加えずにノイズの影響を無くすというのが巧妙なところです。
こういう研究を長年続けてきますと、不思議なもので自身の生き方にもロバストネスを求めるようになります。・・・といっても何のことかよくわからないでしょう。
まずは具体的に、私がロバストだと思った人を挙げてみましょう。例えば、メジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキースで活躍する松井秀喜選手です。
数年前にテレビのニュースで松井秀喜選手のトレードの噂が報じられていました。意地悪な記者は、松井選手へのインタビュー中に「トレードの話が出ているようですが・・・」とマイクを向けたのです。その記者の質問に対し、松井選手は「それは、僕がコントロールできない問題だから、考えても仕方がない。」と即答したのです。
そうです。彼にとって、マスコミや風評というのは「雑音(ノイズ)」でしかありません。トレードそのものも自分だけで決められる問題ではありません。彼はそういったノイズに対してロバストなのです。テレビを見ていた私は、「ノイズに意識を向けずに、自分がコントロールできること(=野球、バッティング)に集中し努力を重ねていく」という松井選手の決意表明のように受け取りました。
自分のコントロールできないことに心を囚われて、悩んでもしかたないことに悩んでいるという人は結構多いのではないでしょうか。そういう人はロバストとはいえません。
話は変わりますが、1年ほど前からヨーガを習い始めるようになりました。ヨーガというとそのポーズばかりに意識がいきますが、ヨーガの究極の目的は瞑想状態に至ることだそうです。私の師匠いわく、「瞑想状態とは、リラックスしていながら集中している状態」だそうです。また、ヨーガでは、心の平静を「シャンティ」と呼んだりします。
リラックスしていながら集中している状態・・・これこそがまさにロバストな状態だと思っている自分ですが、その瞑想にもシャンティにもなかなか到達できていません。自分自身のロバストデザイン研究はまだまだ続きそうです。