第127回コラム「情報技術の発展と今後の社会」
2020年12月15日
柴田 淳司 助教
普段は研究や教育など硬い話が多いため,ここではフランクに今後の情報技術発展について考察を行ってみる.
近年の情報技術の発展は目覚ましいものがある.こう言うと月次だが,普段使っている情報技術一つを取って見てもその性能は日に日に向上している.例えば2020年にサービス開始した5G通信システムの前世代4G通信は2015年にサービス開始したもので,5年しか経っていない.その5年間で,4Gの最大通信速度1Gbpsが,5Gの最大通信速度が理想値では100Gbpsと,100倍早く情報交換ができるようになっているのである.さらに10年も遡れば,スマートフォンの画素数は1/4,ストレージは1/8になる.当時の通信に至っては最大でも10MBps以下と,4Gと比べ3桁,5Gと比べ4桁も違う.ちなみに当時はまだLINEやSlackなどのコミュニケーションツールも登場してないので今よりできることは大きく制限されている.こうした過去と比較すれば,2020年現在の遠隔会議や各種クラウドサービスは,当時から予想できていたかもしれないが体感するのは当分先という印象だっただろう.
ではこの情報技術と社会の変容は今後どうなっていくのだろうか?
現代社会と情報技術
スマートフォンのストレージやCPUなどのハードウェア性能向上は技術者にとって確かに魅力的だが,それ単体では価値はない,重要なのはその性能を持ってどのようなサービスがユーザに提供されるかである.例えばスマートフォンに100TBのストレージが入っていようと,現状のサービスでその性能を活かす機会はなく,我々の日常生活に影響を与えることはない.そういった意味では,2015頃に流行した人工知能ブームは現代社会と非常にシナジーがある技術であり,多くのサービス登場に貢献したものといえる.
人工知能ブームの火付け役となった深層学習は,大量のデータをもとに高性能の分類や再現などを実現できる技術である.例えば画像に写っているものが何かを分類したり,白黒写真を過去の画像データをもとにカラー写真に再現したりできる.そしてこうしたテキスト,画像,動画,音声などのデータはインターネット上に多く転がっている.これが何を意味するかというと,人工知能を用いて作られたサービスが新たなデータを産み,そのデータをもとに人工知能により新たなサービスを実現できるという,サイクルができたことを意味する.
もちろん,人工知能に問題が無いわけではない.現状の研究者が頭を悩ませる3つ課題として,公平性,頑健性,説明可能性の問題がある.
まず公平性の問題とは,人工知能のデータ依存性により,不公平な分類や予測をしてしまう問題のことを指す.過去のデータをもとに分類をするということは,新しいデータに対して必ずしも正解を導き出せないということでもある.例えばAmazonでは2015年頃に,就職後に業務成績を上げるかを過去の履歴書データをもとに予測するモデルをつくり,採用に利用しようとした.ところが,もともと男性が多い技術職は男性の採用率が高く,結果として女性という単語を含む履歴書はそれだけで採用率が低くなるという結果を生み,実用化に至らなかった.
次に頑健性の問題とは,人工知能を悪用し,予測や分類結果をごまかしや,データを抜き取れることに対する抵抗力の問題を指す.これは運用時の大きな課題であり,顔画像認証をごまかして他人のふりをしたり,そのシステムが学習に利用したデータを再現できたりと犯罪を助長する可能性がある.
最後に説明可能性の問題とは,人工知能が出した結果を人が理解できる形で提供できるかという問題を指す.いかにすぐれた人工知能が判断した結果であろうと,利用者である人が納得できなければ運用は難しい.政治判断を人工知能に任せたとして,その判断に人が納得できなければそれに従うことは難しいだろう.また,これは法的な問題にも関わる.自動運転の自動車が人を轢いた場合,その原因究明だけでなく,法的な責任を誰が追うべきかという材料が必要となる.
これら3つの課題は,どれも実社会で人工知能を運用する上での障壁という共通点がある.そのため,技術的な面だけではなく,人が人工知能とどう向き合うかといった社会的な面からのアプローチも必要となるかもしれない.
今後の社会と情報技術を考察する
情報に限らず工学という分野は,人の社会をより良くするとう目的を持つ.そのため,工学分野の発展には社会情勢が大きく影響するという側面がある.機械工学は自動化の需要により発展してきたが,その動力や制御に電気の需要が生まれ電気電子工学が分離し,さらにその処理や新たなサービス基盤として情報工学が枝分かれしてきた.
そう考えると,前述の3つの課題に加え,今後はニューノーマルに即した社会の変化とそれに関する技術が発展していくと考えられる.
すでに,ここ1年間でこれまでとは性質の異なるデータが産まれつつある.まず,感染経路の分析のため,個人の動向や健康状態などのデータ需要が大きくなった.これらのデータは個人情報に含まれるため,日本で研究がしづらかった領域である.また,在宅勤務の一般化により,遠隔会議時のデータが多く発生している.これまで少なかった対話データの取得が容易になり,自動応答システムなどのサービス性能が向上すると思われる.宅配のように物理的なサービスを伴ったものが増えるこうしたことから,個人に紐付いたデータを用いたサービスなどが今後登場するかもしれない.
また,予測される問題として在宅によるストレスがある.人に限らず,生物は自由を制限されると強いストレスを受ける.在宅というのは移動範囲が狭くなるという物理的な束縛だけでなく,他者と合う機会や,新しい物事と遭遇する機会を減らす.ストレスなどの精神面の問題は個人や家庭の問題扱いされがちではあるが,生活様式の変更を余儀なくされている現在だからこそ,その選択肢を増やすサービスには需要があると思われる.こうした需要に対して,以前から注目されてきたVR技術は今後伸びる分野だと思われる.VR機器がこれまで伸び悩んできた要因としては機器の大きさ,価格の他に,コンテンツ不足が挙げられる.これに対して,在宅勤務による需要がある今,VR空間による擬似的な開放感や,相手との仮想的な直接対話は現場技術からもすぐにコンテンツ化され利用者が増える可能性がある.そういった意味では,2000年代初頭に流行したセカンドライフのような仮想空間で生活する基盤が台頭するかもしれない
更に未来の話は不確定ではあるが,今後の情報技術の発展には技術的な問題以上に,人がどう関わるかの問題のほうが大きいと感じている.
我々が情報端末を片手に生活するようになって高々40年,スマートフォンに至っては20年程度しか経っていない.個人情報をばらまくようなことはコンプライアンス教育などで少なくなったが,未だにSNS上で攻撃的な発言をする人や,情報を過度に信じてしまう人が見受けられる.これは,情報を扱うということが文化としてまだ社会に浸透していないのではないかと考えている.情報技術側で規制をかける技術の需要があるといえばそれまでだが,いざその規制が外れるような不足の事態が発生したときに同様の混乱が起こることは想像に難くない.人の生活と情報技術がうまく折り合いをつけるには,情報技術の発展が著しすぎることも要因の一つとなっている.
今後は社会と情報技術の間を取り持つような新たな発想やサービスが生まれることを期待している.