第116回コラム
「サービス視点から見たシステムエンジニアのあり方」
情報アーキテクチャ専攻 細田 貴明 准教授
「お前は誰のためにシステムを作ってるのか?」私が駆け出しのシステムエンジニアだった20代の頃、仕事がうまくいかなくて業務時間後に飲み屋で上司に相談するたびに何度も言われた言葉である。今でも覚えているということは、そうとうインパクトがあったのか、忘れられないほど何度も言われたのかどちらかだろう。純粋?な心を持った私は、この言葉を心に留め、仕事の壁にあたるたびに何度も思い出して乗り越えてきた。このような考えは、仕事をしていく上で「変わらない」と思っていたが、昨今は事情が違うらしい。
本学着任前、私はシステムエンジニアとして約15年間、情報システム関連業務に携わっていた。銀行系システム会社では、銀行の業務系システムを支えるITインフラを中心に企画・開発・運用の実務部分を担った。政府関連機関では、それまでの実務経験を生かし、情報システム関連業務だけでなく、事務企画、さらには業務構想まで幅広く経験してきた。どの業務でも共通して意識したことは、実務に携わる人たちにとって「いかにストレスなく円滑に業務を遂行できるか」ということだった。これは、「誰のためにシステムを作ってるのか?」という言葉を意識して行動した結果でもある。そして、このような考えは、システムを提供する立場として当然だと思っていた。
ところが、最近、前職の同僚や一緒に仕事をしたことがあるシステムエンジニアの仲間と話すと、私の考え方が通じない。昔の組織の同僚は、「上司が言っているから」「役員の方がおっしゃっているので」といったような調子で、会社のためにシステムと向き合っているようだ。システムエンジニア仲間も「仕様書に書いてあるとおりに作りました」「言われていないので知りません」といったように生身の人間と仕事をしているように感じられないことを言う。彼らの話を聞いていると良いものを作ろうという気概を感じられないのが残念だ。案の定、彼らの担当する案件は、実際に実務を行う現場が本来、望んでいたものと違うシステムになり、利用者との間でトラブルが発生しているらしい。私からすると「そのような仕事の仕方をすれば、うまくいかないことは想定できたはず」と感じる。
なぜ、顧客の望むシステムを構築できずにトラブルとなってしまうのか。もちろん原因は単純ではない。顧客側から十分な対価が得られずに範囲外の仕事を押し付けられて顧客のことを考えるゆとりがないこともあるだろうし、社内で正当な評価を得られないことから、やる気がでないという理由もあるだろう。しかし、私は、システムエンジニアの意識の問題として、顧客の求めることをサービスとして提供する視点が欠けているからではないかと考えている。
顧客の求めることをサービスとして提供するということは、「システムエンジニア」の視点ではなく「顧客」の視点で捉えて、IT技術で顧客の要望を実現することだ。そのため、システムエンジニアとして顧客の要望をしっかり把握し、可能な範囲内で顧客の要望をより高度化するように徹底的な工夫と努力を継続することが必要である。しかし、言うのは簡単だが、行動するのは難しい。工夫と努力に掛かる労力は、並大抵ではなく、労力に見合うものかどうかもわからない。システムエンジニアの業務はさまざまで、仕事としての捉え方も人それぞれであることから、そんなことをする気がしないという人もいるだろう。
それでも私は次のことを伝えたい。私が考える理想のシステムエンジニアとは、どんな困難な状況でも顧客の要望を十二分に満たし、顧客に喜んでもらうことだ。システムエンジニアを動かす原動力は、顧客からの感謝、つまり「ありがとう」という気持ちだからである。システムエンジニアの立場で直接に利用者から感謝の意を伝えてもらうことはそう多くはない。しかし、実際に利用している利用者は、そのシステムを利用することを通じて円滑に業務が遂行した時には感謝の気持ちを持っているはずだ。このことを忘れずにいてほしい。
最近の急激な技術変革の中で、顧客との接点やその方法も、動的かつ大幅に変化していくと予測される。もちろん、システムエンジニアとしてのIT技術の習得も必要である。しかし、システムエンジニアは、技術は当然のものとして顧客志向の意識を持ち、かつ、自らをサービス提供者として捉えることで初めて、顧客への貢献につながる仕事ができるのではないか。そうすることで、単なる労働ではなく、胸を張って「ビジネス」であると言えるのではないか。
ここまで書いたことは当たり前のことではないか、と感じる方も多数いると思う。しかし、システムエンジニアの現場の声を聞いてみると、それは当たり前ではない実情があることがわかった。システムエンジニアの業種は、一般的に情報通信業に属し、サービス業とは考えられていないことも一つの要因であるといえる。ゆえに改めて本コラムにしたためたものである。私の担当する講義及びPBL(Project-based Learning)では、多くの人にこのような意識を伝え、培った経験を伝えていき、少しでも学生の今後に貢献できるよう努めていきたいと思う。