第114回コラム
同分野・異分野、年齢、国を超えた交流から生まれるイノベーション創出の基盤
創造技術専攻 廣瀬 雄大 准教授
私は、本年度より本学へ准教授として着任させていただくこととなった。これまでに、合計で12年間を海外で過ごしたが、そのうち9年間はオーストラリアのメルボルン、残りの3年間はイギリスのケンブリッジで研究をした。ケンブリッジ大学は、学問はもちろんのこと、多くの発明やイノベーション創出を通して事業展開がグローバルに行われる実践の場としても世界的に有名である。今回のコラムでは、ケンブリッジについて少し紹介したい。
ケンブリッジ大学における公式の創立年は1209年とされている。その年に起きたオックスフォード大学での某事件(詳しくはご関心があれば調べてみてほしい)を受け、オックスフォード大学の教員と学生がケンブリッジに移住したことにより、ケンブリッジ大学が始まったという歴史がある。ケンブリッジ大学はその後、多くの著名人を輩出しており、アイザック・ニュートン、チャールズ・ダーウィン、アルフレッド・マーシャル、ジョン・メイナード・ケインズ、アラン・チューリング、ジョン・ハーバード、スティーブン・ホーキングなどが有名である。また、ノーベル賞受賞者数でいうと、ケンブリッジ大学ではこれまでに100名以上を輩出している。
私自身の大学院およびフェローとしての経験から、ケンブリッジの特徴についていくつか紹介したい。ケンブリッジでは基本的に理論と実践への貢献が重視される。特に私が所属していた工学系研究科の製造研究所では、理論への貢献のみではなく、理論と実践の両方への貢献が求められ、自ら学び、考え、行動し、体得するということが求められる研究環境にあった。自身が研究していることが、どのように理論へ貢献することができるか、また、どのように実践へ貢献することができるか、論理的に説明できるだけでなく、フォーカスグループやワークショップを通して客観的な意見を取り入れて評価をするなど、常に全体像を意識して進めることが重要とされている。また、実験などを行う際には、研究仲間などが積極的に、お互いに協力してくれる環境となっている。
また、ケンブリッジでは、研究や授業以外での私生活においても特徴がある。例えば、(オックスフォード大学もそうであるが)ケンブリッジ大学にはカレッジ制というシステムがある。ケンブリッジ大学には31のカレッジがあり、教員、大学院生、学部生は全員どこかのカレッジに所属し、そこに住むことが求められる。自分が所属するカレッジにて部屋を与えられ、また、授業、食事や交流が行われている。カレッジでは、学問分野に関わらず所属することになるため、日頃の生活を通して同分野および異分野交流が行われている。その中でも主な交流の場となるのが、毎週行われるフォーマル・ディナーと呼ばれるイベントである。ここではカレッジ所属のメンバーは全員、伝統的なガウンを着て参加することとなり、教員、大学院生、学部生が参加する。同分野・異分野交流のみならず、年齢や国を超えた交流がディナーを通して毎週行われる。
私は現在、本学にて、ケンブリッジ大学を中心に長年研究されてきた「ロードマッピング」の体系化を進めることや、目的に合わせた効率的且つ効果的な方法論開発、さらには応用研究を行なっている。ロードマッピングとは、技術のみならず、製品、事業、経営における戦略の見える化をすることで、部門横断的なコミュニケーションや異分野交流を促進し、例えば、事業設計やイノベーション創出に向けた体制づくりの支援や、その方向性を組織内外に示すことのできる重要な取り組みである。振り返ってみると、ケンブリッジ大学において、理論と実践への貢献の重視や、同分野・異分野交流、年齢や国を超えた交流を大切にしてきたことが、これまでの著名な研究者や発明者、グルーバルな企業を生んできた要因の一つであると考えると、ケンブリッジ大学がロードマッピングの分野を発展させていくこととなったそもそもの背景が改めて見えてくる。
本学では、学位プログラムの中核としてAIIT Project-based Learning (AIIT PBL)が展開されている。1年目には知識・スキルを体系的に学修し、2年目のAIIT PBLでは業務遂行能力の獲得を、同分野・異分野および年齢や国を超えた学生チームで目指し、また、理論と実践の結びつきを重視する画期的な教育方法である。私は、ロードマッピングや関連する研究を通して、AIIT PBLの今後のさらなる発展に向けて貢献してきたいと心より願っている。ゆくゆくは本学でも、ケンブリッジ大学のカレッジで行われているような同分野・異分野交流および年齢や国を超えた交流の場を、可能な範囲で企画して実行してみたいものである。