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第112回コラム
デザインを評価する言葉 ~個性的なデザインって悪い意味なの?~

創造技術専攻 池本 浩幸 教授

本学の創造技術専攻は、エンジニアリングが分かるデザイナー、デザインが分かるエンジニアを育成している。デザインとエンジニアリングをつなぐ技術のひとつが感性工学であり、デザインリサーチで用いるポジショニング分析や選好回帰分析はデザインに対する人間の印象や選好を定量的に扱うことができる。

製品デザインのポジショニング分析では、消費者(顧客)が各種の製品デザインをどのように知覚しているのかを地図のように可視化する「知覚マップ」を作成し、自社の製品デザインが他社の製品デザインより相対的に優位な地位を得るにはどうしたらよいかを知覚マップ上で検討する。

知覚マップを作成する方法は様々あるが、製品の外観デザインと、デザインの印象を表す言葉(以降、印象語と呼ぶ)の対応関係を図で可視化する方法が分かりやすい。アンケートやインタビューで、消費者が外観デザインに当てはまると感じる印象語を調べ、外観デザインと印象語の対応関係を分割表(二元表)に集計し、コレスポンデンス分析(対応分析)を行うことによって知覚マップを得るのが一般的である。家電やテレビなどの消費者向け電気製品の外観デザインのポジショニング分析に用いられる印象語として、例えば、次のようなものがある。

シンプルな、癖のない、個性的な、上品な、スマートな、おしゃれな、スタイリッシュな、洗練されている、清潔感がある、カジュアルな、高級感がある、安っぽい、古そうな、インテリアに合う、使いやすそうな、使いにくそうな、親しみのある、大人っぽい、性能が良さそうな、掃除や手入れが楽そう、壊れにくそう、家事が楽しくなりそう、持っているだけで気分が良さそう、人に自慢できそう、センスがいい人だと思われそう

上記の通り、印象語には、デザインの表現に対する印象、デザインが表現している機能や性能に対する印象、製品を所有したり使用したりしたときの印象、がある。印象語の例の中で、家事が楽しくなりそう、持っているだけで気分が良さそう、人に自慢できそう、センスがいい人だと思われそう、などは、製品を所有したり使用したりしたときの印象語であり、近年、ユーザエクスペリエンスデザインとして得に重要になっている。

選好回帰分析では、上記のデータに加え、アンケートで外観デザインの好ましさ(選好度)を調べ、製品デザインの選好度を目的変数、製品デザインに当てはまる印象語を説明変数とした重回帰分析を行う。重回帰分析によって得られた選好度を推定するモデルから、製品の外観デザインの好ましさを上げるには、どの印象語を強め、どの印象語を弱めるべきか、すなわち、どのような印象を与えるデザインが好ましいのかを把握することができる。また、例えば、「センスがいい人だと思われそう」という印象語への反応を目的変数、その他の印象語を説明変数とした重回帰分析を行えば、所有するとセンスがいい人だと思われそうな理由はデザインのどういう印象がそれを与えているのかを数値で示すことができる。

ポジショニング分析や選好回帰分析において分析の成否を決める最も重要なことは、印象語の抽出と選定である。印象語の抽出は、消費者(製品の顧客)に対するインタビュー調査で行うことが多い。調査したい製品デザインのビジュアル(写真やレンダリング)を準備し、消費者に好ましい順にビジュアルを並べてもらう。そして、好ましいデザインとそうでないデザインにどのような印象の違いがあるのかをインタビューする。このときに役立つ手法が評価グリッド法である。

評価グリッド法は、人が何をどのように知覚し、その結果どのような評価をしているのかという認知構造を明らかにするためのインタビュー・分析手法であり、臨床⼼理学の分野で治療を目的として提唱された面接手法(レパートリーグリッド法)を商品企画などに応用させるべく発展させたものである。評価グリッド法を用いることにより、人が何を⾒て、どのように感じ、それをどのような価値ととらえているのか、というユーザーの認知構造を階層構造として把握することができる。製品の外観デザインに関する印象語を抽出する際は、好ましいデザインとそうでないデザインにどのような印象の違いがあるのかインタビューする時に、「そのような印象を感じるデザインの製品はあなたにとってどのような良いことがあるのですか?」(ラダーアップ)、「そのような印象はデザインのどのようなところに感じるのですか?」(ラダーダウン)という質問(ラダーリングインタビュー)によって、消費者がデザインに感じる印象、価値観、見ているところを明確にできる。

印象語の選定は、調査によって抽出した印象語の中から実査に用いる印象語を選ぶことを指すが、調査に用いる複数の製品デザインに対し、どのデザインに対してもあまり当てはまらない印象語を除外し、意味が類似している印象語(例えば、「新鮮な」と「フレッシュな」など)は、その製品のデザインの印象として適切なものを選ぶ。また、「大人っぽい」という印象語を選定・採用すると、対義語である「子供っぽい」も採用したくなるが、印象語を抽出する調査で「子供っぽい」という印象語が得られていない場合は入れない。

印象語は、顧客、製品、デザイン、市場、文化、時代によって常に変化するため、常にメンテナンスが必要である。印象語を用いる調査を行った後は、顧客が回答として選ばない印象語を除外するほか、印象語が意図したニュアンスで選ばれたかどうかを吟味する。例えば、シンプルな、個性的な、などの印象語は注意が必要である。

「シンプルな」という印象語は、様々な製品のデザインリサーチで頻繁に用いられる印象語の一つであり、単純で簡素なイメージを指すことが多い。クラムシェル型の携帯電話のデザインリサーチを行った際、「シンプルな」という印象語を単純で簡素という意味で使っていない消費者層に遭遇した。そこで、その消費者層に「シンプルなという印象の反対語はなんですか?」と尋ねると、大多数が「派手でない」という言葉を挙げたことがあった。

他とは違うイメージを表す代表的な印象語として「個性的な」がある。これまで多くのデザインリサーチを行ってきたが、日本国内では、「個性的な」デザインは、良いデザインという意味ではなく、どちらかというと悪いデザインという意味で使われていることが分かった。個性的なという印象語は、例えば、独特な、風変わりな、奇妙な、といった印象語と類似性が高い。他とは違う良いイメージの印象語には、独自性のある、オリジナリティのある、などがある。

「あなたって個性的な人ね」と言われたら喜んではいられないのかもしれない。

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