第10回コラム
「アナログ人間のデジタルな研究」
創造技術専攻助教 大坪克俊
私の専門を大雑把に言うと「形状モデリング」と「コンピュータグラフィクス(CG)」です。言葉に表すとこうなりますが、どちらも3次元、つまり立体的・空間的な情報を扱う分野の研究で、社会におけるこれらの成果物の一般的な見え方としては、前者は「CAD」、後者は「シミュレーション」、「ゲーム」、「映画」等となるでしょう。
近頃は、CGと無意識に接する日常を過ごす方も多いと思いますが、ものづくりの現場においても、コンピュータ上でモノの形を扱うこと(CAD、リバースエンジニアリング)が当たり前になっており、これを「デジタルエンジニアリング」と呼びます。
ただし、現状の「デジタルエンジニアリング」の実現には、高価なソフトウェアや専門機器の準備、使用者に対する専門知識・技術の修得が求められるため、これまで恩恵を享受するだけだった一般の方は勿論、ユーザとなるための敷居が非常に高いことは否めません。
そこで我々は、CADやCGなどコンピュータ上でものの形や動きを扱う際のこのような敷居をできるかぎり取り除き、専門性の有る無しに関わらず、自由な発想で新しいものを創り出すための支援システムを開発してきました。
これまで私が携わったテーマを挙げると、次の様なものがあります。
三角形メッシュに基づく直観的で滑らかな形状変形手法の開発
疑似的な物理モデルを三角形メッシュの変形構造として用いる手法の開発
手指のバーチャルモデルを用いた製品の評価シミュレーションシステムの開発
光の3次元的な屈折シミュレーションに基づく蜃気楼画像生成に関する研究
計算機上の仮想的なクレイモデリング手法の開発
人体形状のリアルタイム変形シミュレーション
CGキャラクタモーションにおける誇張動作・障害物回避動作の生成
人体形状の姿勢変形シミュレーション
三角形メッシュに基づく干渉回避形状の生成
三角形メッシュのパターン合成
どのテーマも、システムのアルゴリズムから成果物に至るまで、基本的にはコンピュータの中で完結する話であり、其々まだまだ大した成果は挙げられていませんが、実用性の高いものでは、女性用のオーダーメイド体形補正下着の着用効果を見るシステムを提案した事があります。
具体的には、着用部の人体形状を弾性体の物理モデルで表す事を考え、下着の形状モデルの拘束によって着用部の形状を変形し、得られる補正効果を視覚的に表示するものです。とかく人体の形状は個人差が大きく、これまでオーダーメイドの服飾を作る場合の人的コストは高く、顧客は実物が仕上がるまで性能を確認することが困難でした。このシステムでは、顧客自らの体形を計測した3次元のデータに基づき、購入前にその使用効果を視覚的に確かめることができるため、購買意欲の促進が期待できます。
最後に・・・。
研究というものを大学という場所で進めるに当たって、その社会的な意味・意義というものは重要で、私自身、多少なりともこれらの研究成果を社会に還元できるよう、成果を求める努力を今後も惜しまないつもりです。ただ、研究には先ず自分自身のモチベーション(動機)が必須であり、例えばそれが「自分がやっていて面白いから」とか、「特定の誰かを喜ばせたいから」という、利己的なものであっても良いとも思います。これを一般的なお仕事に置き換えると、「所属組織の利益」と「やりがい」と呼べるものになるのでしょうか。どちらも必要ですが、世間的には後者が軽んじられる傾向が強いように思います。
いずれにせよ、二律背反とは思いません。私は、今後も両者を両立できるように精進していこうと思いますので、ご興味のある方は是非お声を掛けて下さい。