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第9回コラム
「弱者の戦術」

情報アーキテクチャ専攻教授 小山裕司

サッカーの古い格言に「中盤を制するものが試合を制する」というものがある。1982年のブラジル代表の黄金のカルテットが有名であるが、これらは個人技に優れたエース級の選手を配して成立する「王者」の布陣である。また、中盤を省略し、前線の選手目がけてロングボールを蹴り、フィニッシャの決定力のみに期待する戦術もある。しかし、中盤とフィニッシャ、さらにはあらゆるポジションにタレントを集めた布陣であっても、結果的には負けてしまうこともある。いわゆる「ジャイアント・キリング(大物喰い)」である。

ジャイアント・キリングは偶然は産物では無い。次々とタレントが生まれる南米以外では、タレントの不足、さらにはフィニッシャの「決定力不足」が監督にとって頭の痛い問題である。タレント不足を嘆いているだけでは、ジャイアント・キリングは無い。ゴール前の決定力を欠くフィニッシャが得点を取るには、サイド深くからの折り返しで、バイタルエリアにボールを運び、フィニッシュの難易度を下げる等の工夫が必要である。これには、サイドの数的優位のために中盤はあきらめる必要もでてくる。「弱者」は、自らが置かれている環境を前提にし、これら数々の戦術で王者に立ち向かうことによって、ジャイアント・キリングという奇跡を起こすのである。1980年代、これが「個人技の南米」へ対する「戦術の欧州」が産み出した弱者の戦術という英知である。

興味深いことに、情報システムの開発プロジェクトも、個人技(技術・知識・スキル)と戦術(開発手法・プロジェクト管理)から構成されることからも、弱者の戦術から学ぶことは多い。タレント不足を嘆いてもジャイアント・キリングは無い。現在のメンバで勝ちをもぎとる、あるいは最善の結果を出すための戦術が必要とされている。

しかし、あらゆる相手と対峙できる戦術は無い。戦術は目標に応じて適切に調整(カスタマイズ)されるべきである。また、戦術には規律(ディシンプリン)という約束事が重要である。しかし、これらはエース級の選手の華やかさを殺し、また彼らはこれらを嫌う傾向にある。したがって、戦術はメンバに応じても調整されるべきである。

戦術は非常に重要であるが、戦術だけで勝てる訳では無いし、逆もまた否である。現在では、南米の選手も戦術を学び、欧州の選手も個人技のレベルもあがってきている。現代では、個人技と戦術のどちらかを疎かにすることはできない。特に、1995年のボスマン判決以後、この両者が結び付くことによってレベルは格段にあがっている。

最後に、戦略と戦術の関係にも言及したい。戦略が誤っていた場合、戦術レベルでは善戦はできても勝ち目は無い。いくら優れたエース級のエンジニアとマネージャが参加したところで、目標である戦略が駄目であれば、結果的にはシステム開発は失敗に終わってしまう。システムは実際に活用されて、はじめて成功であることを理解されたい。

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