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橋本 洋志学長 挨拶

橋本洋志学長

 東京都立産業技術大学院大学を修了される皆さん、修了、誠におめでとうございます。東京都公立大学法人、および、本学の教職員ともども皆さんの学位授与を心からお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心からお祝い申し上げます。

 学生のみなさんが入学した頃は、まだコロナ禍の最中にあり、対面授業の完全実施が難しい時期でした。本来、深い学びにはどうしても対面でないと成しえない部分がありますが,本学は「教育の質を落とさない、学びの継続を妨げない」というポリシーのもと、様々な工夫を凝らし、それに対応するよう、みなさんにお願いしてきました。その分の苦労はありましたが、その中で勉学に励んで修了されたことに、尊敬の念を覚えるものがあります。

 皆さんは、修士の専門職学位を授与されました。本学の学位授与は修士論文審査は行っておらず、それよりも,社会で活躍できる力の養成に重点を置いています。その一つとして、本学はPBL型科目を通して、チームとしてのグループワークを教育プログラムの中に入れています。みなさんは、メンバー間での啓発と刺激をお互いに与えながら、幾つもの能力を磨き上げられたことでしょう。

 その成果は,今年度も2月11日にPBL成果発表会でも披露されました。今回、全国に向けてのオンライン配信を初めて試みました。幾つかの反省点はあるにしても、「外部からの反響は従来の大学院発表会と異なり、社会の問題解決に資するものが大きい」という声が多数ありました。例えば、大都市や現代社会における人々の生き方の根本的問題の抽出と分析、そしてその課題解決ツールの提案、セキュリティインシデント対策に取組むなど、他にも多数、現代社会が喫緊の課題に真正面から取組み、社会実装まで試みた内容もあり、まさしくPBL型科目を通じて、多様な学生のシナジーが効果的に発揮できたものと感じました。優れた才能を持つメンバーというのは、才能がぶつかり合い、時として摩擦が生じたことでしょう。しかし、そのような摩擦を経験してこそ、真の能力が身に付く、ということも歴史が証明しています。その気付きこそが、みなさんのこれから活躍される糧になると、私は信じています。

橋本洋志学長

 さて、みなさんは未来を築くわけですから、現在を知ることは大事と考え、我々を取り巻く事情として、復興、食料、DX、この3点について私の観点を簡単にお話ししましょう。ウクライナ・ロシア戦争、トルコ・シリア地震、パキスタン水害などで、多くの街やインフラが破壊されています。日本に求められているのは、これらの復興です。今までの復興のイメージは、ビルや橋を作ることです。これらを作るには、膨大なセメントと鉄鋼を消費します。セメントと鉄鋼の両方の業種が輩出するCO2は、全CO2排出量の14%を占めます。これが意味することは、現在、世界で推進しようとするカーボンニュートラルと相反することになります。ですが、復興は日常生活を取り戻すのに必要不可欠な人間の行為です。みなさんは、このトレードオフをどのように考えられるでしょうか?

 食料について、牛、豚などの動物や、コメ、麦などの農作物を育てるのに、冷暖房や水の供給、加工、運搬などのプロセスにおいて、必ずエネルギーを消費します。現在のテクノロジーでは、エネルギー消費はCO2輩出に繋がります。農業の輩出するCO2の割合は全CO2排出量の25%を占めると言われています。また、バーチャルウォーターという専門用語があります。例えば、1kg のトウモロコシを生産するには、灌漑用水として1,800 リットルの水が必要です。また、牛はこうした穀物を大量に消費しながら育つため、牛肉1kg を生産するには、その約20,000 倍もの水が必要です。これが意味することは、日本は海外から食料を輸入することによって、その生産に必要な分だけ自国の水を使わないで済んでいるのです。言い換えれば、食料の輸入は形を変えて水を輸入していることと考えることができます。この事情は各国同じですから、これを基に水戦争が起きる可能性があるとも言われています。先のセメント・鉄鋼の問題と同様のジレンマが生じます。
 これをどのように考えたら良いのでしょうか?

橋本洋志学長

 最後の例として、昨今、DX社会推進が叫ばれています。この推進には,デジタル製品が必要です。デジタル製品はレアメタル/レアアースの確保が重要ですが、その採掘と製錬には汚染物質のみならず、放射性廃棄物を大量発生します。そのため、厳格な管理が行われないと、深刻な環境汚染を引き起こす危険性があります。日本はレアアースの発掘量が少ないため、外国に依存せざるをえないという記事を見たことがありますが、これは一部正しく、一部見方が足りないと言えます。それは、先ほど述べた環境保全のために製錬過程を厳格に行うと、レアメタルの抽出が非常に効率が悪く、日本は厳格に守っているがゆえに、外国から輸入せざるを得ないというのが、ある事実の一面です。では、その外国はどうなっているかと、製錬過程を厳格に管理していないために、効率的に製錬が可能となっており、その反動として環境汚染には多少眼をつむっているというレポートがあります。すなわち、DXを急速に進めることは環境保全と相反する事態を招いていると言えるでしょう。戦争や自然災害からの復興は、人々が日常生活を取り戻すために、必ず成し遂げなければなりません。また、私たちは価値観の多様性や技術発展に伴い、生活の豊かさをさらに追い求めることでしょう。しかし、これらはCO2輩出など自然環境に悪い影響を与えることとのトレードオフになることを知っておいてください。

 今、私が述べた問題は蜘蛛の巣が複雑に絡み合ったようなものです。「あちら立てれば、こちら立たず」というトレードオフを、状況変化を見ながら、正しい時系列で隘路を縫うようにして、その瞬間、その瞬間で適する最適解を見出すことが求められています。このことが実行できる人材を今,世界は求めています。

 本学では、コンピテンシーが複雑な社会問題を解決できる能力指標として、独自に産業技術の各分野に適するコンピテンシーの学習法を編み出し、実践してきました。その成果は、国内のみならず海外の各種機関などで評価されているものです。ここに修了されるみなさんは本学で高いコンピテンシーを身に付け、複雑な復興・食料・DX・そして、環境問題を解決して、希望ある未来社会を築ける人材になられたことでしょう。ただ、みなさんが社会に戻られて、活躍されて、頑張られていても、あるとき、取りあえずの現実の対処に追われて、大きな目標を見失いそうになり、生き方を忘れそうになる時が来るかもしれません。そうなると、社会で活動することが息苦しくなるものです。

 そのようなとき、本学で学んだことを思い出してください。本学の学びにおいて、学生間で議論や考え方の衝突があったときのことを思い出してください。そのとき、相手の考え方や価値観はどこにあったのか、自分はどうだったのか。それぞれの立場に立って、改めて思い出してみてください。そうすることで、複雑な問題の中に潜む,多様な価値の意味を改めて考え直す「きっかけ」が得られ、いったん、立ち止まって、周りを見回す余裕がきっと出てくることでしょう。そうなれば、しめたものです。本学の学位を有するみなさんは、きっと、より良い道と新しい価値を見出すことでしょう。

 最後に、産技大は、社会の変容とニーズに適応できるよう、日々、教育と研究の在り方を探求しています。そのため、産技大は、産業技術分野のDX型教育やリスキル学習等で,深い学びができる教育を実施し、さらに、多くの外部機関と連携して社会に貢献できる研究を推進する予定です。そして、修了生や在学生にとっても、また我々教職員にとっても、人々の幸せと、社会の持続的な発展に貢献する、誇りある大学院であるようにいたします。
 産技大の一員であるという誇りを胸に、皆さんが大いに活躍することを心から祈念して、私からの祝辞といたします。

令和5年3月18日
東京都立産業技術大学院大学
学長 橋本洋志

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