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橋本洋志学長 式辞

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東京都立産業技術大学院大学を修了される皆さん、修了、誠におめでとうございます。
東京都公立大学法人の理事長をはじめとした法人の方々、および、本学の教職員ともども皆さんの学位授与を心からお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心からお祝い申し上げます。

皆さんは、修士の専門職学位を授与されました。この価値は、みなさんが、産業技術界で真のプロフェッショナルとして活躍できると期待されることにあります。
このプロフェッショナル人材育成のために、本学は、コンピテンシーの向上に主眼を置いた教育プログラムを提供してきました。コンピテンシーとは、業務遂行能力と本学は定義し、その能力指標は、創造力、計画力、実現力、評価力など、コースに適合して、多岐にわたります。このコンピテンシーを向上させる教育メソッドとして、本学はPBLメソッドを採用しています。
産技大のPBLメソッドは、アクティブラーニングを包含したものであり、その指標と方策は産技大 独自のものです。この成果が認められて、産技大のPBLメソッドは、国内のみならず海外でも高い評価を得ています。
みなさんがPBLを通して創り上げた成果は,今年も2月11日にPBL成果発表会で披露され、時流に適った社会問題が数多く取り上げられていました。例えば、都市活動に関わるテーマとして、都市の機能の再発見や、海外企業向けのツアーのあり方の考察、生成系AIを上手に利用したテーマとして、IT系の開発メソッドや社会問題解決に関する取組み、創造的デザインをユーザー中心設計や現代若者の課題解決に導入するなど、まさしく、現代社会が抱える問題を根元的に深く考慮して、みなさんの社会実装を目指した画期的な成果が幾つも発表されました。これらの内容は、ダイジェスト動画として、大学のWebサイトを通じて世界に発信され、研究型の大学院とは異なる価値があることを認識してもらうようにいたします。
みなさんが、これらの成果を産み出す過程は、決して平坦なものではなかったでしょう。PBLは数人の学生メンバーが一つのチームを構成します。そのメンバーは、産技大らしく、多様な属性と異なる価値観を有しており、まさしく、社会の縮図を表すと言われているものです。そして、優れた才能を持つメンバーというのは、才能がぶつかり合い、時として摩擦が生じたことでしょう。しかし、そのような摩擦を経験したことが、今後、みなさんが活躍される糧になると、私は信じています。

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さて、みなさんが活躍できるためには、みなさんご自身の能力を遺憾なく発揮することは、もちろんですが、チームパフォーマンスをあげることも大事でしょう。社会ではチームで活動することが重要です。そのチームパフォーマンスをあげるためには、必要な項目が複数あります。その内の一つとして、みなさんが、他のメンバーを見守ると共に、チームが活動する状況をも注意深く観察する必要もあります。そのため、人や状況をどう適切に評価できるか、これは、みなさんに課せられた課題であると考えます。
これに関係して、あることを、今からお伝えしたいと思います。
これから思考実験を行います。みなさんは、口に出すことなく、心の中で考えてください。
2020年頃の少し前のデータですが、この時点において、世界中で極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったのでしょうか?すなわち、2000年頃と比較し、二十年経って極度の貧困の数を考えてください。
1番:約2倍になった、
2番:あまり変わっていない、
3番:半分になった、
答えは3番の半分になったです。おそらく、みなさんの中には、昨今の不安定な世界情勢のメディア報道の影響を受けて、増えたと思った方がいたのではないでしょうか?
次の質問です。世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?
1番:20%、
2番:50%、
3番:80%、
これも少し古いデータで2010年代頃の内容ですが、答えは3番の80%です。すなわち、昔に比べて、1歳児の生存率は大きく向上しています。
これらの問題を世界のエリートと言われる方々に示したところ、悲観的な回答が多く見受けられたとのことです。すなわち、貧困は増加した、予防接種の割合は低いままである、という回答が過半数であったという報告があります。エリートと呼ばれる方々でも、現実を直視していないことがある、という証左です。このように、悲観的に考える人が、いかに多いかを考察した本が、スウェーデンの公衆衛生学者であるハンス・ロスリング博士が書かれた書籍の「ファクトフルネス」です。この方は、2012年世界で最も影響力のある100人に選ばれており、この本は、世界中で広く読まれました。なお、さきほどのデータは本の中ではもう少し古いデータを用いていますが、今回のため、国連の各機関のリポジトリーを見て、少し修正しています。この本の中で、人々が、なぜ、悲観的な方向に考え、信じたがっているかの要因の一つに、人間にはネガティブ本能があるからと説明しています。これは、人間という生物(いきもの)が、古来より、生き延びるためには、差し迫った危険を察知しなければならず、この本能が養われたとされています。この本能が、現代において、メディアなどを通して噂話や悲惨な話に注意が向けられることに繋がっていると説明しています。この本が高い評価を得ているのは、この要因を考察するだけでなく、データをきちんと見れば、現代はそれほど悪くは無く、むしろ、明るい希望もあることを述べている点にあります。
例えば、先の貧困の話に関連して、あくまでも仮定の数字として、ある年の極 貧困層が5億人いたとしましょう。この数字は大変重たいもので、暗澹たる気持ちにすらなります。しかし、その20年前の数字が10億人としたとき、この20年で半分になり約5億人減った、というデータの見方をすれば、少しは希望の光が見えてきませんか?

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話を戻しまして、人間は時として、客観的よりも印象に基づく主観で判断することがよくあります。特に、確率に関してです。例えば、人はなぜ宝くじを買うのか、一等の当選確率がおよそ2000万分の一にも関わらず、という問題を行動心理学や意思決定論で論じられています。詳しい話は省きますが、人は、リスクを重大性の度合いと発生確率からなることを正しく認識できず、自分の都合の良いことは確率を高く見積もり、都合の悪いことは低く見積もる傾向があることが知られています。そのとき、重大性の度合い を自分の都合に合わせることが多い、とも言われています。
例えば、飛行機事故は、重大性の度合いが非常に高いのですが、その発生確率は交通事故よりも非常に低い、すなわち、リスクは低い、という認識が合理的とされています。しかし、メディアは、事故に焦点を当てて、雪崩のように報道しますので、発生確率は低いにも関わらず、大衆に対してリスクが高いという印象操作がなされている、という見方があります。もちろん、悲劇的な状況ゆえ、報道することは大事なことであり、これを否定するものではありません。しかしながら、今日も飛行機が無事に着陸しました、という報道はされません。メディアが平等・公平性を主張するならば、この報道もすべき だとは分かっているのですが、視聴者の関心を得られない、と語っているメディア関係者がいました。
自分の都合の良い、または、耳障りの良い情報を取り入れること、人間というものは、いかに身勝手な生き物でしょうか。しかし、これは、我々人類の本能であるということを忘れてはいけません。この本能にあらがうには、理性や合理的な考え方を引き出してこなければなりません。

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さて、このネガティブ本能を語ることが、私の話の主題ではありません。少し前置きが長くなりました。主題に移ります。
先の本には、ネガティブ本能に少し類似した本能の一つに分断本能の説明があります。この分断の例としては、先進国と途上国、富裕層と貧困層、勝ち組と負け組などが挙げられます。これらの例、すなわち、1か0か、という二項対立で表現すると、人々は考えやすいため、人々の噂にのりやすいと言われています。もちろん、世の中は、そんなに単純ではありません。
先のファクトフルネスの本の中では、先進国と途上国という例をとり、国レベルでなく所得階層で見ると、国に関係なく、グローバル市場にいる中間層が過半数を占め、その分布はグラデーションを成しているとのことです。分断した考え方である先進国と途上国、という二項対立的な考えは、受け入れるのが大変容易であるため、多くの人に伝わりやすいのですが、対立を生むだけです。一方、現実の世界では、かならず、その中間層がグラデーションとして存在し、その占める割合は過半数であり、この中間層を考えることが、物事の本質を正しく見つめることに繋がるでしょう。
この世はグラデーションで彩られています。私は、先に、チームパフォーマンスを向上させる項目の一つに、人や状況を的確に評価できる能力が大事だと述べました。その際、0か1で価値を評価していませんか。0と1の間には無限の数が存在します。そう、価値のあり方は無限にあります。
みなさんは、産技大で、PBLを通して、多様な考え方や多様な価値観に触れ、それにどのように評価したらよいかの貴重な経験を積みました。これは、他の大学院では、まず、経験できないものでしょう。この多様な価値を評価できる力を携え、みなさんが、産技大で獲得された能力を思う存分発揮し、新たな価値を社会にもたらし、新しい世界を造ってください。みなさんが示す新しい価値により、新しい生活様式、穏やかで豊な文化が見いだされ、人々に明るい希望を示すことができる、そのことを私は願っています。

最後に、産技大は、社会の技術革新とニーズの変化に適応できるよう、継続して、教育と研究の在り方を探求しています。そのため、産技大は、産業技術分野のDX型教育やリスキル学習等を通して,深い学びができる教育を実施し、さらに、多くの外部機関と連携して社会に貢献できる研究を推進する予定です。そして、修了生や在学生にとっても、また我々教職員にとっても、人々の幸せと、社会の持続的な発展に貢献する、誇りある大学院であるようにいたします。

産技大の一員であるという誇りを胸に、皆さんが大いに活躍することを心から祈念して、私からの祝辞といたします。

令和7年3月15日
東京都立産業技術大学院大学学長 橋本洋志

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