令和7年度秋季学位授与式を実施しました
令和7年9月27日(土)、東京都立産業技術大学院大学秋季学位授与式を実施しました。この日、事業設計工学コース2名、情報アーキテクチャコース5名、創造技術コース4名が修了しました。修了生に向けた学長の式辞を紹介します。
橋本洋志学長 式辞
東京都立 産業技術大学院大学を修了される皆さん、修了、誠におめでとうございます。東京都 公立大学法人、および、本学の教職員ともども皆さんの学位授与を心からお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心からお祝い申し上げます。皆さんは、修士の専門職学位を授与されました。この価値は、みなさんが、産業技術界で真のプロフェッショナルとして活躍できると期待されることにあります。このプロフェッショナル人材育成のために、本学は、コンピテンシーの向上に主眼を置いた教育プログラムを提供してきました。コンピテンシーとは、業務遂行能力と本学は定義し、その能力指標は、創造力、計画力、実現力、評価力など、コースに適合して、多岐にわたります。このコンピテンシーを向上させる教育メソッドとして、本学はPBLメソッドを採用しています。産技大のPBLメソッドは、アクティブラーニングを包含したものであり、その指標と方策は産技大 独自のものです。この成果が認められて、産技大のPBLメソッドは、国内のみならず海外でも高い評価を得ています。みなさんがPBLを通して創り上げた成果は、今年も、約半年前の2月11日にPBL成果発表会で披露され、時流に適った社会問題が数多く取り上げられていました。例えば、都市活動に関わるテーマとして、都市の機能の再発見や、海外企業向けのツアーのあり方の考察、生成系AIを上手に利用したテーマとして、IT系の開発メソッドや社会問題解決に関する取組み、創造的デザインをユーザー中心設計や現代若者の課題解決に導入するなど、まさしく、現代社会が抱える問題を根元的に深く考慮して、みなさんの社会実装を目指した画期的な成果が幾つも発表されました。これらの内容は、ダイジェスト動画として、大学のWebサイトを通じて世界に発信され、研究型の大学院とは異なる価値があることを認識してもらうようにしています。みなさんが、これらの成果を産み出す過程は、決して平坦なものではなかったでしょう。PBLは数人の学生メンバーが一つのチームを構成します。そのメンバーは、産技大らしく、多様な属性と異なる価値観を有しており、まさしく、社会の縮図を表すと言われているものです。そして、優れた才能を持つメンバーというのは、才能がぶつかり合い、時として摩擦が生じたことでしょう。しかし、そのような摩擦を経験したことが、今後、みなさんが活躍される糧になると、私は信じています。
さて、今の世の中について、激動の時代である。先が読めない。だから、頑張りましょう、という論調を良く聞きます。しかし、このような目標だけを示す精神主義を言われても、どうしたら良いのかわかりません。また、人間というものは、なかなか、前に進めないことがあります。みなさんは、まさしく、明日から、複雑な社会の中で活動するわけですから、このあたりの話を少ししましょう。
初めに、激動の時代のことを、今ではVUCAとも呼ばれています。VUCAとは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった造語で、将来の予測が困難であるほどに変化が激しく、複雑で曖昧な状況を指します。VUCAを引き起こしている要因として、政治、経済、気候などの不安定さ、さらに、技術革新、鉱物やエネルギー資源の偏った存在等が挙げられます。ここで、これらの問題を解決するにはどうしたら良いかということは差し控えます。あまりに大きな問題だからです。問題は、そのようなVUCAの時代に、あなたがたが活躍できるには、どのように考えれば良いかです。
全てを語ることはできませんので、2点だけお話します。1番目は未知の問題へのアプローチの仕方です。2番目は脳を叱咤激励するです。それでは、1番目の未知の問題へのアプローチの仕方についてお話しましょう。まず、歴史上、先行きが確実に分かっていた時代は無かったと思います。その理由は、この社会は人間の諸活動によって成立しています。そして、人間に利害関係がある以上、常に色々な問題が起こり、安定した時代は、あっても、短かったと言えます。日本が平和と言われても、戦後、たかだか、80年です。これはもっと伸ばしたいものです。その中で、過去の先人たちが、不安定な時代に、どのように振舞ってきていたのかを学ぶことは大事でしょう。不安定な時代を勝ち抜くことのできた先人に共通して言えることは、優れた戦略を持つ、ということです。優れた戦略を持つためには、何が必要でしょうか。それには、客観的で合理的な考え方を持つことです。VUCAという単語には、Uncertainty、すなわち、不確実性という項目が含まれています。不確実性という言葉は、行動経済学やゲーム理論において、有害な事象の内容は概念的でぼんやりとしか分かっておらず、それが発生する確率も推定できないことを意味します。ぼんやりとしか分からないために、過度に楽観視したり、過度に不安感に駆られることがあります。そして、その確率の見積りも同様です。不確実性の内容を正確に予測することはできません。しかし、できないと言って、何も考えない、何も準備をしない、ということは、あたかも、洪水はきっと来ないと楽観視して、いざ洪水が発生したら、その水に飲み込まれるだけのようなものです。そうなるのが嫌ならば、内容の推定は行うべきでしょう。それも、客観的かつ合理的な考えの下で、複数考えることです。一般に知られている言葉に、プランA、プランB、プランCというように複数の案を考えよう、があります。これに倣って、複数の内容を考え、それぞれに対して、仮説を置いて、その仮説のもとで、どうなるかをシミュレーションする、という方策があります。例えば、洪水が発生するという事象を考えてみましょう。プランAは洪水を起こさない方策、プランBは洪水は起きるという前提で国民の被害をなるべく抑える方策、プランCは洪水が生じ都市構造の被害が大きい時の復興の方策、を考えたとしましょう。詳しい議論は、ここでは差し控えますが、プランA、B、Cともに実行するには長い時間と予算、そして、国民への段階的説明が求められます。それぞれの資源は限りがありますから、各ステージの優先順位を決めなければなりません。また、決めたとしても、時代の変化に合わせて柔軟に見直しができるような設計にもしておかなければなりません。これだけでも、高度な戦略と複雑で緻密な戦術を考えなければならないこと、直観的に感じることでしょう。このような複雑で膨大な考えを体系だって考えられる、そのような人をVUCAの時代は求めています。
次に、その発生確率を見積もることができない問題に対して、何らかの考え方を導入する工夫が必要です。例えば、フェルミ推定を用いる考え方があります。この推定は、掴みどころの無い問題を定量的かつ客観的に考える推定法の一種です。代表的な例として、東京都にピアノの調律師は何人いる? という問題があります。この一文だけで、もちろん、正解は分かるはずがありません。しかし、ここであきらめるのではなく、考えられる項目やパラメータを定めれば、そこから自動的に計算できる、という考え方を設定するのです。フェルミ推定はこの考え方を設定できる能力を試す問題です。もちろん、導かれた数字は正しいとは言えません。また、フェルミ推定が唯一の方法でもありません。しかし、ある仮説を立て、そのもとでの設定条件や計算式を定め、それから、どのような数字や確率を導き出されるか、手掛かりが十分でなくても、それを考えておくことのできる能力が重要とされます。
さて、みなさん自身が、先の考え方を持ち、それを他者に説明でき、どの方向に進むべきかの判断力と実行力を持つことができるならば、それこそ、皆をリードでき、皆に頼られ、そして、みなさんは活躍できると思います。しかし、言うが易し行うが難し、という言葉があります。それが、2番目の脳を叱咤激励するです。情報を得て、仮説を立て、考えるべき項目を明確にしても、その次の判断と実行の段階になると、躊躇したり、過度な安全策に方向転換することがあります。この要因の一つとして、脳には「省エネ」を好むクセがあることが挙げられます。例えば、時間とエネルギーをかけて、個々の違いを丁寧に扱おうとしない、ということや、「具体的な変化を嫌がる」、「物事の良し悪しだけで判断しがちで、その中間をなすグラデーションを見ていない」、「他人事にしたり、または、無かったことにする」、「違うことより、同じことに安心する」等も、やはり脳の省エネ傾向を示していると言われています。この要因の一つとして、心理的ホメオスタシスが挙げられます。ホメオスタシスはもともと生物学または生理学分野の用語であり、その意味は、外界の変化に対して、体の状態を一定に保つという機能で、生物が生きるために必須のものです。これから派生して、心理的ホメオスタシスとは、現在の習慣や環境など「現状を維持したい」という心理をいいます。これは私達の生活や精神に安定を与えるという意味では必要なものですから、我々は日々この性質に従うことになるでしょう。しかし、逆に言えば「現状からの変化を嫌う」、ということは、ひいては「成長や変化がない」というデメリットにもなりえます。省エネや効率を好む、という脳のクセに振り回されていると、人生から主体性や創造性が失われてしまい、ひいては、判断力や実行力の低下に繋がります。これを避けるためには、脳にはこのような傾向があるので、常に自分自身の判断や行動に注意を払い、怪しいと感じたら、自身の脳を叱咤激励し、正しい方向に向かわせるのです。正しい方向に向かわせるとは何かを客観性を持って判断することは、かなり難しいことゆえ、第三者の視点を持って、第三者の価値観を持って考えると良いと言われています。そして、困難なことであっても、自分ならできるという自信を持つことが大事です。
本日修了される、みなさんは、今言った資質を持っていると私は信じます。なぜならば、みなさんは、産技大で、PBL活動を通して、多様な考え方や多様な価値観に触れ、それに対してどのように客観的評価を行ったらよいかの貴重な経験を積みました。これは、他の大学院では、まず、経験できないものでしょう。みなさんは、この多様な価値を評価できる力を携え、産技大で獲得された能力を思う存分発揮し、チームを率いて、新たな価値を社会にもたらし、新しい世界を造ってください。みなさんが新しい価値を示すことにより、新しい生活様式、穏やかで豊な文化が見いだされ、人々に明るい希望を示すことができる、そのことを私は願っています。
最後に次の言葉を送ります。この激動する時代において、みなさんの未来は私にはわかりません。ただ、本学で、真剣に学ばれたことを知っています。そして、入学時より、多くの知識、能力、そして、人脈を得たことでしょう。もし、みなさんが、明日から、困難が多く複雑で、成功から遠い道を歩いていたら、その道は人生の意義や勝利、輝かしい未来で溢れていることに間違いありません。今が、みなさんの時代です。活躍されることを祈り、私からの祝辞といたします。
令和7年9月27日
東京都立産業技術大学院大学 学長 橋本洋志