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第153回コラム
生活者にとって「クルマの100年に一度の変革」とは何か
“生活空間”としてのクルマを考える

2026年1月7日

上田 太郎 教授

自動車は「100年に一度の変革期」にあると言われてしばらく経ちます。

電動化、知能化、自動化、コネクテッド化などの技術は大きく進歩し、クルマはハードウェア中心の工業製品から、ソフト
ウェアによって価値が更新される存在へと変わって来ています。

ここで一度、立ち止まって考えてみると、

街を走るクルマを見て、私たちの生活は本当に大きく変わっただろうか?

移動の風景や時間の感触は、これまでと決定的に違うものになっただろうか?

と思うことがあります。

長くカーデザインに携わってきた私の立場から強く感じるのは、現在の変革が技術主導で語られる一方で、 その技術によって
生活
がどう変わり、生活者は何を得るのか については、十分に語られていないのではということです。

確かにデザインはモダナイズされ、次世代を感じさせるスタイリングも増えてきました。しかし、生活者にとってのクルマの
立ち位置そのものは、まだ大きく変わっていないように見えます。

そもそもクルマは、「自由に移動する道具」として進化してきました。

やがて「運転の楽しさ」や「所有する喜び」といった付加価値を獲得し、独自のクルマ文化を育んできたのです。標準化された優れたHMI(ABCペダルに代表される運転操作系)は、クルマをあたかも 身体能力を拡張する道具 のように機能させ、人の行動範囲と生活の可能性を大きく広げてきました。デザインもまた、その価値向上に重要な役割を果たしてきました。

では、今回のソフトウェアを中心とした技術革新は、何を変えようとしているのでしょうか。

それは単なる電動化や知能化にとどまらず、 クルマを「移動する情報空間」へと変えつつある 点に特徴があります。安全上の
制約はあるものの、クルマの中で得られる情報は量・質ともに格段に向上し、コネクテッドカーとしての価値は確実に高まっています。

運転というそれ自体が高い負荷を伴う行為であるにもかかわらず、多くの情報や機能が加わることで、クルマは次第に「個人のデバイス」に近い存在にもなってきたのです。ただ、インフォテインメントへの要求が高まる一方で、安全とのバランスの中で 人の認知的な限界を超えた負荷を強いる情報空間になりかねない という懸念も生まれています。

だからこそ、こうした時代においてデザイナーの役割は、これまで以上に重要になってきます。

機能や情報が増えれば増えるほど、「人が無理なく安全に使える情報空間とは何か」という問いが本質的になるでしょう。人間中心のデザイン・情報設計こそが、新たな100年に向けた大きな挑戦なのだと思います。

生活者にとってクルマは、移動の自由を得る道具であると同時に、 極めて個人的な空間 でもあります。

自分のクルマに乗り込んだ瞬間に感じる、安堵感にも似た感覚、それは自分の生活空間に戻ったときの感覚に近いものです。他の交通手段では得がたい、このパーソナルな空間性は、クルマが持つ重要な価値のひとつです。

いま進行しているソフトウェア中心の変革期に、デザイナーが本当に考えるべきことは、技術の進化の表現だけではないのです。

その技術が、生活者の時間や認知、感情、そして個人的な空間体験を、どのように変えていくのか という点です。大胆に言えば、クルマは今、機械としての革新以上に、生活空間の質そのものを変える可能性を手にしています。
その変化こそが、「次の100年」に向けた本質的な進化なのではないでしょうか。

クルマの「部屋化」という考え方自体は、決して新しいものではありません。しかし、電動化による静粛性、振動の少なさ、
フロア構造の自由度、そしてソフトウェアによって更新され続けるUIと情報空間など、これらの技術の積み重ねが、車内をより
一層「移動する自分の部屋」に近づけています。

従来、クルマの価値は「AからBへ移動すること」にありました。

しかし今、AとBのあいだの移動時間そのものが、生活の一部として意味を持ち始めている。それを具現化する技術のひとつが、AIによるパーソナライズされたHMIになると思います。

AIが乗員の状態や行動履歴、時間帯、目的地などを把握し、必要な情報やサービスを先回りして提示するようになると、車内は「操作する場所」から「自分のために整っている場所」へと変わっていく。温度、音、照明、情報量が状況に応じて最適化されることで、運転者の負荷は減っていきます。つまり、

人の知的負荷が軽減されることで、代わりに“心の余白”が生まれます。

私はこの余白こそが、新しい移動価値の中心になるのではないかと考えています。

先にもお話ししたように、クルマはもともと、身体の延長として進化してきました。

それが今、AIの認識・判断・予測と組み合わさることで、 知能の延長 へと変わりつつある。先の道を読んで適切な判断を促し
たり、乗員の疲労を察知して休息を勧めたりします。こうした状況判断の認知的サポートの積み重ねは、人が自ら考える負荷を減らし、移動時間をより主体的で豊かなものへと変えていきます。

AIによるHMIを最適にデザインし、その上で新しい価値を加える。

その結果、クルマは「移動中の質」そのものをデザインできる領域になっていくのです。

リラックスする時間、短く思考を巡らせる時間、家族との会話が自然に生まれる時間。移動はもはや生活行動の中断ではなく、生活の質を高める連続した時間になり得ると思っています。

こうして見ると、クルマは「外出時に使う道具」を超え、自宅や職場に続く 第三の生活空間 として進化することができます。
AIによるパーソナライズは、生活と移動をなめらかにつなぎ、これまで分断されていた日常のリズムを整え、広げていく。その
結果、移動は単なる移動ではなくなるのです。

100年に一度の改革とは、技術が進んだという結果ではなく、クルマが人の生活そのものをデザインする領域に踏み出すことなのだと思います。

これからのカーデザインに求められるのは、形や機能の追求にとどまらず、生活者の時間と認知の質を、いかに豊かにできるかという問いに、丁寧に向き合うことになると考えられます。クルマが生活空間として成熟していく過程を、どんな距離感で、どんな節度をもって描いていくのか。その問いに向き合い続けること自体が、次の100年に向けたデザインの役割なのだと
思います。

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