第155回コラム
デザイナーってシャーマン?
2026年7月1日
藤原 宏樹 助教
私が、東京都立産業技術大学院大学の創造技術専攻(現:創造技術コース)に入学したのは2018年で、本コラムではその時のことを振り返ってみたいと思います。
入学のきっかけになったのは大学院説明会の際に、とある先生が、アートともデザインともつかない(ご本人はデザインと言われている)取り組みをされていたのがとても印象的で、まさに自分が求めていた学びがこの大学院にあるのだということを感じました。
私自身は、もともとシミュレーションゲーム好きが昂じて、当時黎明期だったコンピューティングに興味を持っていました。またコンピュータの原理を調べていくうちに、量子力学や素粒子物理に関心を持ちました。そういった背景もあり、素粒子物理学の研究室で量子エンタングルメントと量子散逸という理論的なテーマに取り組んでいました。そこでは量子力学をはじめとした現代物理にまつわる歴史や科学哲学に夢中になったのを覚えています。社会人になってからも、そういった興味から、元々の専攻である電子工学をはじめとする物理やコンピューティングに関わる仕事を中心に従事してきました。
一方で若い頃からローマ史を中心とした西洋史が好きで、各時代に登場するアートに興味を持ち、時々同僚の人たちと美術館や博物館に通っていたことを思い出します。そこから興味が広がり、身の回りにあるモノは誰かがデザインしたものだ、ということに気がつきデザインへの興味が湧いたのでした。そして30代に近くなった時、デザインエンジニアという仕事を知り、デザインとエンジニアリングというものが結びつく瞬間が訪れ冒頭のきっかけにつながります。これまでの自分の興味の軌跡をまとめると「物事の仕組みと人間への興味」という言葉にまとめられるかもしれません。
本学に入学し、デザインという分かりそうで分からない、携わる方々それぞれが別の考えやアプローチを持つ手法は、私にとって魅力的でワクワクするものでした。同級生のデザイナーの方に「デザインするってどういうことなの?デザイナーとは?」という疑問をぶつけた時に、「みんなが求めているものを感じ取って形にするシャーマンみたいな人たち」と答えてくれました。もちろん比喩ではありますが、今でも時々思い出すくらい印象に残っています。
私自身もまだ「デザインとは?」という疑問に対して明確な答えは持っていません。私の中でデザインとは未解決問題の一つであり、魅力的な問いでもあります。
現在のように技術革新が早く不確実な時代に、何が答えられていない問題かを感知し、言語化し、さらに構造化する能力が求められているように感じます。デザインを学ぶことは、そういった問いに向き合うきっかけを与えてくれました。
私自身の感度を上げるための選択肢が、大学院への入学でした。学びは、異なる分野の知識や視点を持つことで、今まで見えていなかったものが見えるようになるという役割があるのかもしれません。この問いを今も持ち続けながら、私自身も学びを続けています。