第154回コラム
研究生活を整える小さな習慣
2026年4月6日
馬 瑞潔 助教
昨年の6月から助教として働き始めて、もうすぐ1年になります。それまでの学生時代は、授業やゼミ、先生との面談といった外からのリズムに守られていたのだと、いまになって実感しています。大学には時間割があり、研究報告の締切があり、定期的に議論の場が用意されていました。自分では自由に動いているつもりでも、周囲の環境によって生活が自然と整えられていたのだと思います。
いざ独立した研究者になってみると、その枠組みがなくなります。研究、授業準備、事務作業……すべてを自分で組み立てなければなりません。やるべきことは山ほどあるのに、一日が終わるとなぜか一歩も進んでいないような気がする。時間は確かに使っているのに、思考が積み重なっていないような感覚。そんな焦りに追いかけられた時期もありました。
もともと学生時代から、管理習慣にはこだわってきた方でした。毎日・毎週・毎月のTODOリストを欠かさず作り、やるべきことを可視化してきました。しかし、リストを消化することと、思考が前に進むことは必ずしも同じではありませんでした。
振り返ってみると、当時の私には「十分に理解してから動こうとする癖」があったように思います。私は完璧主義なところがあり、構成を細かく整えてから書き始めようとしていました。しかし、頭の中だけで考えすぎると、思考がループしてしまい、肝心の行動が後回しになります。結果として、エネルギーばかりを消耗してしまっていました。自由に時間を使えるはずの環境が、かえって不安定さを生んでいたのです。
そこで今年から、管理の仕方を少し変えることにしました。単にタスクを並べるのではなく、自分のエネルギーを効率よく使うための仕組み作りです。
まずは、生活の基盤を整えることです。睡眠時間を固定し、短時間でも毎日体を動かす習慣を作りました。体調が安定していないと、どれだけ時間をかけても頭は働きません。研究の土台は、専門的な知識以前に、こうした日常の安定にあるのだと感じるようになりました。
次に、日常行動のSOP(Standard Operating Procedure)化を意識するようになりました。TODOリストに載らないような「次に何をすべきか」という細かな意思決定を、あえて定型化しておく試みです。 朝起きて最初にすることや、メールを処理する時間帯をあらかじめ決めておきます。こうした小さな判断を自動化することで、その都度迷うストレスを減らし、大事な研究に使うためのエネルギーを温存できるようになりました。
そして、執筆については「1日200字」というノルマを設けました。短いメモでも構わないので、とにかく毎日少しでも書くことにしたのです。実際にやってみると、思考は完成してから書き始めるものではなく、書きながら形になっていくものだと分かってきました。完璧を目指すよりも、まず動くこと。その積み重ねが、研究を停滞させないための仕組みになっています。
もう一つ、週に一度、30分ほど立ち止まる時間を作っています。その週に何を考え、何が進み、どこで止まっているのかを書き出す棚卸しの時間です。忙しいときほど前に進んでいるつもりになりますが、整理してみると方向が少しずれていることもあります。この小さな軌道修正を繰り返すことで、研究の歩幅が安定してきました。
自由な仕事だからこそ、あえて自分の中に小さな規律を作る。外から与えられていたリズムの代わりに、自分なりのリズムを設計する。この1年で手に入れたのは、特別な研究メソッドではなく、こうした静かな習慣でした。派手さはありませんが、日々の思考を支えてくれる確かな骨格です。助教1年目は、自分の研究生活を整えるための、基礎工事のような時間だったのかもしれません。