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第131回コラム「虚栄の本棚」

2021年6月30日

松井 実 助教

実家のとなりの子は栽培した野菜をくださる。後日出会うと「野菜はどうでしたか。役に立ちましたか」と訊く。野菜は役に立つ。iPhoneも役に立つ。はたして私は?私の研究は?このコラムは誰の役に立つのか?話のつまらない人は多いが、経験の話のつまらない人は少ない。どんなつまらない人も面白い経験をしている。人は経験の皿ではないかと私は思う。何かを経験し、誰かの経験を伝達され、それらを取りこぼしたり歪めたりしながら記憶していく。それをさらに取りこぼし、歪めながら他人に伝達していく。人の皿が魅力的なとき、皿そのものが魅力的な場合と、上に載っている料理=経験が魅力的な場合があるが、大半は後者ではないか。役に立つからだ。私の論文の紹介コラムを書いたところで役に立つ人はどう多く見積もっても10人程度だが、私の読書(と積読書)の経験の現れである私の本棚はどうか?少なくとも前者よりは役に立つ気がする。

本のリスト

論文や本は学者が消費する糧で、生産する料理だ("理系にとって論文とは排泄物である.文系にとっては論文は食物." @_anohito, 2020)。「学者とは、つまり、蔵書がいま一つの蔵書を作り出していくときの一筋の道にすぎない[...]私の脳というのは、他人の観念という蛆虫どもが、自分のコピーをいわば情報のディアスポラとしてあちこちに送り出す前に一息入れる、肥だめのようなものだ(Dennett, 1995)」。財布を痛め、居住スペースを狭める意思決定のにじみでる本棚には人柄が現れやすいというのは広く知られている。人柄を知るだけでなく、自分の取捨選択の質を高めるうえでも他人の本棚は役に立つ。気の合う人、博識な人、学びたい人、近づきたくない人の本棚を見れば、その人の気を惹く方法や、その分野の良書、賢そう/愚かそうに見せるコツ、避けるべき本などについて、種々のヒントが手に入る。私の知人であれば、私を知る上であなたの役に立つだろう。私の知人でなければ、AIITにこのような教員がいることを知ったり、文化進化とデザインを研究する者の頭の中を覗くのに役に立つだろう。

ウェブカメラの背景には各自が「これを見て私と思ってほしい」ものを置く傾向があるという持論が正しければ、AIITに限らず多くの大学教員は本棚と同一視してほしいと考えているということになる。残念ながら私の部屋には写すほど立派な本棚が背景にないので、代わりにドライフラワーやミッフィーと私を同一視してもらうことにしている。大学教員の本棚にはたいてい多数の専門書が保管されているが、そのうちどれくらいが読破されているのだろうか。私の蔵書は少なく、読み終えた本は更に少ない。本を読むのが苦手なので、読みたくない本を手当たり次第AmazonのWishlistに突っ込むことで「読まなければならない」と焦る気持ちを埋葬している。興味を持った本が500冊あったとして、250冊は即座に忘れ、100冊をWishlistに埋葬し、50冊はカートに入れるが購入しないため、実際に購入する本は100冊ほどになる。蔵書に読了度合いを適当につけてみると、100冊あたり実際に手をつけたのが84冊、半分読めたのが34冊で、読破したのが15冊だった。なので、添付した本棚の写真には何度も読み返した本も、数ページめで挫折した本も、全く開いてもいない本も含まれている。上巻しかない分冊でそのあたりを察してほしい。

無選別の、生の本棚はとりわけ有用な情報が多いと思う。逆に、「その人のおすすめの本」というのは案外役に立たない。「こういう[賢い/難しい/ハイソな/ファッショナブルな]本をおすすめする人だと思われたい」という見栄が相手の役に立ちたいという気持ちの邪魔をするからだ。また、「こんな本読んでるんだ…」と眉をひそめられるおそれのある本は人目につかないところに押し込んでしまいたくなる。添付の本棚は無選別で撮影したつもりだったが、今確認するとたとえばロードバイクのカタログは除かれていた。私の虚栄はここで線引きされることになる。

「虚栄はかくも深く人間の心に錨をおろしているので、[...]それぞれ自慢し、自分に感心してくれる人たちを得ようとする。[...]また、それに反対して書いている人たちにも、それを上手に書いたという誉れがほしいのである。彼らの書いたものを読む人たちは、それを読んだという誉れがほしいのだ。そして、これを書いている私だって、おそらくその欲望を持ち、これを読む人たちも、おそらく…(Pascal, 1670)」

Dennett, D.C. 山口 泰司, 大崎 博, 斎藤 孝, 石川 幹人, 久保田 俊彦 trans. (1995, 邦訳2000: p458) ダーウィンの危険な思想: 生命の意味と進化. 青土社

Pascal, B. 前田 陽一, 由木 康 trans. (1670, 邦訳2001: p116) パンセI. 中公クラシックス

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