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橋本 洋志学長 挨拶

橋本洋志学長

東京都立産業技術大学院大学に入学された皆さん、入学おめでとうございます。東京都公立大学法人、および、本学の教職員ともども皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心よりお祝い申し上げます。

本学について、改めてご紹介します。本学は、専門職大学院です。専門職大学院とは、文部科学省の定めにより、科学技術の進展や社会・経済のグローバル化に伴う、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人、すなわち、高度プロフェッショナルの養成に目的を特化した課程を言います。現代社会は、科学技術が発展し、個人や社会の価値の多様化が進んでいます。その上に、世界における戦争、紛争、自然災害、気象変動に伴う食料飢饉など、さまざまに複雑な問題に直面しています。

そのため、20代までの教育だけでは、常に変化する社会で活躍できるのが難しいであろうという背景のもと、東京都と産業技術界の要請により本学は2006年(平成18年)に開学しました。ここでいう産業技術界とは、工業製品だけでなく、デザインやサービス、さらに商品開発、事業戦略など、多くの分野を含んでいます。

橋本洋志学長

産業技術界で活躍できる能力を本学はコンピテンシーと称しています。コンピテンシーのもともとの意味は、仕事を遂行するのに必要な知識・スキルです。コンピテンシーが提唱された背景は、1970年代にアメリカ政府機関の職員に関して調査した結果、IQの値や学歴は、職員のパフォーマンスに相関があまり見られなかったという論文に端を発しています。

このため、幾つものコンピテンシーの指標と水準が提唱され、アメリカの多くの一流大学と言われる入学試験は、ペーパーテストだけでなく、その能力を測る工夫を行っています。本学でも、多様な人材に適する入試形態と中身を工夫し、多角的観点からの入試を実施しています。これは、本学において、更にコンピテンシーを高められるだけの資質があるかどうかを見るためのものです。

コンピテンシーを高めるため、本学の教育プログラムでは、グループワーク、アクティブラーニング、現場志向、などを組み入れています。特に、グループワークは、お互いに刺激と啓発を与えることで、個々人のスキルを向上させるだけでなく、チームとしてのパフォーマンスを向上させる練習を行っていただきます。この理由は、現代社会では、チームのパフォーマンスが求められる重要な局面が多数あるためです。この際、重要な指標として、社会に受け入れられる考え方が大事である、というものがあります。すなわち、アイディアというものは、他者に受け入れられてこそ、初めて価値が生じる、このことが本質となります。

橋本洋志学長

さて、私からみなさんに、学ぶ上での心構えの一つとして「物事の本質を考えよ」という言葉を送ります。

初めに、ノースカロライナ州立大学のロブ・ダン教授、この方の専門はエコロジーと進化論です、この方が書かれた「世界からバナナがなくなる前に」という本を紹介しましょう。この中には、19世紀、アイルランドにおいて、ジャガイモの疫病が発生し、すさまじい飢饉(ききん)による何百万人もの国民がひどい飢餓(きが)にあい、大勢(おおぜい)が、やむなくアメリカなどに移住せざる をえなくなったことが書かれています。余談ですが、アイルランド系の人のファーストネームに「ジョン」が多く、そのため、アメリカにはジョン.F.ケネディ元大統領、映画俳優のジョン・ウェイン、テニス選手のジョン・マッケンローなどの多くの著名人がアイルランド系です。

さて、疫病(えきびょう)の原因を大量生産になぞらえて「その根本的な原因は、単一品種を密に広大な面積で栽培したことにある」と言ってしまいがちです。この論は、現象だけを見た表面上の浅いものです。ですから、ここで議論を止めることは、思考が止まることになり、新たな価値観を産み出すことは無いでしょう。

それでは困ります。
この話の本質は何でしょうか?いろいろな観点が考えられます。

なぜジャガイモだけで、大勢が被害を受けたのか?
なぜ、疫病が発生するジャガイモを栽培したのか?
なぜ、それを防ぐことができなかったのか?
なぜ、国外脱出という道を大勢が選択したのか?

この「なぜ」「なぜ」という多数の「なぜ」の問いかけが、本質に迫る鍵となります。そして、この話では「本質は一つではなく、話の切り口、または、価値の置き方により、本質は複数に分岐する」ということを示唆しています。

次に、昨今の流行り(はやり)の言葉として、AI(人工知能)、特に、ChatGPTがあります。これは、AIを使って、人間のような自然な会話ができるサービスです。

最近の報道によりますと、
・富山県立大学の学長が式辞をChatGPTで書いて読んだこと
・国立大学法人 琉球大学の卒業生代表の一人は答辞をChatGPTで書き読んだこと
・つい最近では、衆議院内閣委員会で議員の一人がChatGPTで作成した質問を、首相に問う場面がありました。

メディアの議論を見ますと、善悪論という二元論に基づき人が学ぶには良くないという論、別の見方で、便利なツールは使いこなせれば良いという論に終始しているように思えます。このような表面上の論だけでは、これから本学で学ぶみなさんには、不十分です。なぜならば、なぜ、人が学ぶには良くないのか? なぜ、使いこなせれば良い、と言えるのか、その本質論を語っていないからです。

橋本洋志学長

少し話はそれますが、いま、高等学校や大学受験予備校では、来年度の高校受験生に向かって「安易に、データサイエンスやAIの学科やコースを選ぶなかれ」と訴えています。どうしてだと思いでしょうか?

全国に国立大学は、現在、86校あり、文部科学省の依頼により、ほぼ、全ての国立大学にデータサイエンス・AIに関する学科またはコースが設置されています。ここで、例えば、毎年、各校が100人ずつ、そのような人材を輩出したとすると、全国で8600人、10年たてば、8万6千人、さらに、ここに、公立大学約100校、私立大学約600校の一部が同様の人材を多数輩出します。人材不足と言って、その人材を同時期に多数輩出するということは、データサイエンス・AIのツールをつかえることが、日本流でいう「読み書きそろばん」のレベルに広がるということに繋がりますから、これを「私はできます」と言っても、何の特色も無い人材として評価されますよ、ということを高等学校や大学受験予備校は警鐘を鳴らしているのです。

この話は、人材不足だから大勢(おおぜい)を同時に育てましょう、という試みは、全体にとって良いかもしれませんが、個人にとっては、よほど注意して学習しなければ、多数の中に埋没してしまう、ということを意味します。埋没せず、活躍できるためには、どのような学びを行うか、知識偏重ではなく、本質に迫ることができる人間になることが大事と考えます。

ChatGPTの話を続けます。このような事例がありました。
それは、私の存じ上げている薬理学の大学の先生が、レポート課題で、次の問題を出されました。
「これは、高血圧の薬についてChatGPTが書いた解説文である。この間違いを説明せよ。」

この出題されている意味を私なりの観点から考えました。ChatGPTの原理は、膨大なコーパスから、AIを使って賢く切り貼りを行い、自然言語を生成することにあります。コーパスとは、言語テキストの集合体を表します。この原理を知ったうえで、では、このコーパスが、ある専門領域で十分な内容を有していると言えるのか?また、「賢く」切り貼りという意味は何か?その実現手段は?そして、その評価基準とは?
一方、人間は文脈を産み出す場合に、ある種のメンタルモデルを用いているという論があり、そのため、長文や分厚い本、または長時間の演劇においても、人々を納得させる、または、感動させるストーリーを産み出すことができます。では、ChatGPTは、このメンタルモデルを有しているのか?有していないとしても帰納推論や演繹推論を用いた、論理的文章構造、それも長時間に耐えうるものを造ることができるのか?
今述べた論点を疑問点として持ちながら、先のレポート課題を読めば、おのずと、ChatGPTの特徴や欠点、傾向や癖を発見できるでしょう。この発見が「本質に迫ることになり」、とても重要な能力です。このことを、別の言い回しで、仮説抽出、仮説発見とも言います。産業技術界で活躍できる人間は、自律できるためにも、これらの能力が強く求められています。

最後に、学びの心構えについてお話します。心構えは、学び続けることの原動力となります。それは、「失敗から学ぶことが多い」という言葉です。本学の学びの精神は、企業文化や組織文化のものとは異なります。
本学は、アカデミアとしての大学院ですから、失敗があったとしても、みなさんの能力が高まることに価値を置いています。

そのためには、自分の得意な形を一度、脱ぎ捨てる必要があります。自分の実績や経験を他者に語るのは、一旦、止めませんか。そのうえで、チャレンジングな発想や学びを是非、行ってください。チャレンジする以上、当然、失敗はありうるでしょうが、恐れる必要はありません。このチャレンジに、年齢や経歴は関係ありません。経歴とは過去のものです。みなさんは、これから新たなコンピテンシーを身に付け、人生のターニングポイントとなる大学院生活を送ることで、新たな経歴を造ることになります。

新入生のみなさん、本学での学びを通して、ものごとの本質に迫り、新たな知識と能力を身に付けてください。また、多くの友人も作ってください。

「学びは最高の自己投資です。」

令和5年4月1日
東京都立産業技術大学院大学
学長 橋本洋志

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