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川田誠一学長 式辞

川田誠一学長

 本日、産業技術大学大学院に入学した情報アーキテクチャ専攻五十名、創造技術専攻四十名の皆さん、入学おめでとうございます。本日ご列席の来賓の方々、島田理事長はじめ法人幹部、教職員ともども皆さんの入学を心からお祝い申し上げます。またこれまで皆さんを支えてこられたご家族や関係者の皆さまに心よりお祝い申し上げます。

 本日皆さんは本学で学ぶために新しい一歩を踏み出しました。専門職大学院としてユニークな教育を実践している本学を選ばれ、入学される皆さんに敬意を表したいと思います。

 専門職大学院はまだ広く社会に知られているとはいえません。『専門職大学院は、科学技術の進展や社会・経済のグローバル化に伴う、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人養成へのニーズの高まりに対応するため、高度専門職業人の養成に目的を特化した課程として、平成15年度に創設された』ものであります。法曹人材を育成する法科大学院や会計、ビジネス・MOT(技術経営)、公共政策、公衆衛生、教職等の様々な分野の専門職大学院が開設されています。

 産業技術分野の高度専門職人材を育成する専門職大学院としては、東京大学が設置している原子力専攻の専門職大学院や京都、神戸に設置されている私立の情報系専門職大学院があるものの、本学のように高度情報人材育成とデザインと工学を融合した高度ものづくり人材育成を総合的に実施している専門職大学院は日本でも本学だけであり、このユニークな教育の実践について、文部科学省を始めとして政府機関からも本学に大きな期待が寄せられるようになってきました。

 専門職大学院の制度上の特徴は、『理論と実務を架橋した教育を行うことを基本としつつ、少人数教育、双方向的・多方向的な授業、事例研究、現地調査などの実践的な教育方法をとること、研究指導や論文審査は必須としないこと、実務家教員を一定割合置くこと』などであり、これらは設置基準などで定められています。本学はこのような基準に基づいて教育システムを開発するなかで諸外国の調査を踏まえて、開学当初からプロジェクトを中心に据えた教育プログラムを実施し、それを継続的に改善発展させてきました。先ごろその成果をAIIT‐PBLメソッドとして取りまとめたところです。

平成29年度入学式

 さて、実社会で直面する技術課題は演習問題ではありません。一つの専門知識やスキルで解決できない課題がほとんどです。従来の大学院教育で実施されてきた体系的な知を獲得しているだけで解決できるほど現実の問題は単純ではありません。むしろ従来の知識だけでは、その本質を理解することすら困難な複雑性を有しています。それぞれが技術横断的な問題解決を必要とするのです。本学では、このような現実の問題を高いレベルで解決できる人材を育成するために、豊富な事例を用いた授業や本格的なPBL型教育を導入することで、実践的な業務遂行能力を獲得できるようにしました。PBL型教育の原点は自らの力で原理原則に立ち戻り考えることと、高いコミュニケーション力を発揮してチームで強固な壁を突破することにあります。これらの力を本学では全学生が獲得すべきコンピテンシーとしています。すなわち、コミュニケーション能力、チーム活動、継続的学習と研究の能力の3つのメタコンピテンシーの獲得を皆さんに求めています。

 このような魅力ある産業技術大学院大学に入学された皆さんは、自らの夢を実現するために学んでいる様々な学生と出会うことになります。大学新卒者からキャリアアップやキャリアチェンジを目指す社会人学生やスタートアップを目指す方々まで年齢、職業も様々な学生の集団に今日から参加することになります。わくわくしていることでしょう。

 多様な学生が入学しているとはどういうことか、様々な世代の方々だけではなく職種、職層も様々で、大学を卒業したばかりの方、企業の現場で活躍しているエンジニア、管理職、経営者などが本学の学生として学んできました。本学学生や修了生には社長をされている方も少なくありません。そういった方で組織化した社長会も設置しています。外国人学生も留学生だけではなく、企業で活躍している外国人の方々も毎年入学しています。このような学生達が同じ立場でチーム活動するような学習環境は我が国では本学でしか見られないと言っても過言ではないでしょう。

 文部科学省に採択されたプログラムも数多く実施してきました。例えば、日本を代表する情報分野の大学院教育を実施する15の大学の一つとして認められ活動しています。その活動は分野・地域を越えた実践的情報教育協働ネットワークenPiTとして広く知られています。そして、起業家を育成する「次世代成長産業分野での事業開発・事業改革のための高度人材養成プログラム」の活動も実施してきました。起業家を育成するこのプログラムで、真のリーダーを育てようという試みです。観光・物販・医療等の次世代成長産業分野が成長するためには、イノベーションによって従来の仕組みを改革し、事業を再構築できる高度人材が必要です。その基盤技術はマネジメント、デザインシンキング、そしてITなのです。

川田誠一学長

 さて、いつになく世界は騒々しいです。本学に学ぶ皆さんは象牙の塔に籠るわけではありません。広く世界と繋がった社会の一員として学ばれることになります。グローバル化が本学で学ぶ皆さんのキーワードの一つです。

 今年度から本学は第三期中期計画の下新たな発展を目指して前進しようとしています。この第三期中期計画では日本の国立大学法人と同様、グローバル化が目標の一つとして組み入れられました。皮肉にも、昨年の入学式の頃にはTPPが実現した後の世界が語られていたのが、今日この日の世界ではTPPは過ぎ去った過去の話になっています。英国はEUから離脱いたします。重商主義の影がちらほら見えているように思えるのは私だけではないでしょう。

 しかし、本学に学ぶ皆さんはグローバル化を推進するテクノロジーを具現する方々です。世界をフラット化させてきたテクノロジーをさらに発展させようとしている方々です。インターネットは世界を変えました。インターネットのない世界に住むことを想像することもできないくらい世界が変わりました。最近ではフィンテックなどで知られるようになったブロックチェーンも、これからの世界を変えようとしています。ブロックチェーンを破壊することは現在のインターネットが強固なくらい難しいものです。

 インターネットは分散型のネットワークと情報のパケット化というテクノロジーの開発で実現されています。この開発に関わったランド研究所のポール・バランの有名な論文「On Distributed Communications Networks」では様々なネットワーク構造の冗長性について議論されていて、中央集権型の情報通信システムが持つ対テロ、核戦争に対する脆弱性をネットワーク構造が有する冗長性で回避する考え方が示されています。ブロックチェーンも分散型システムの特徴を生かし、一度決まった取引を遡って改変することができない記録方式を実現しており、これを破壊することは地球を破壊することに等しいとまで言われています。このブロックチェーンの活用は金融だけの話ではありません。企業そのものの在り方も変えると言われています。そもそもあるプロジェクトを実施するたびに人を集め契約することの煩雑さを避けるために企業という組織が出現しました。西部劇ファンならば、列車強盗というプロジェクトごとに必要な人材が集められていることをご覧になったことがあるでしょう。スパイ大作戦というアメリカのテレビドラマがありました。今はミッションインポッシブルという題名で映画のほうが有名ですが、元祖ミッションインポッシブルではIMFすなわちインポッシブル・ミッション・フォースという組織に所属し、普段は普通の職業を持ったメンバーがプロジェクトごとにリーダーに召集をかけられ、その都度、一回限りのプロジェクトを遂行します。

 ブロックチェーンはこのようなプロジェクトメンバーの招集、契約をきわめて合理的に安全に決済できるので、誰かがプロジェクトを実施したいと考えれば、分散したネットワークに繋がった人材と個々に瞬時に契約してビジネスを実行することができるようになるのです。

 ご存知の方もいると思いますが2年ほど前にバルト三国の一つエストニアでは、ブロックチェーン技術を使ってe-residenceという仕組みをスタートさせました。この仕組みを使えばエストニアに居住しない他国民であってもエストニアに会社を設立し、エストニアの会社を遠隔で運営することが可能になります。ソ連から独立したエストニアですが、常に大国ロシアの陰に怯えています。そのエストニアだからこそ、わずか人口130万人のエストニアだからこそ、仮想的なエストニア国民とも言える仮想居住者を、2025年に1000万人にしようと計画しています。このような技術が既に存在し、世界を変えようとしています。

 新入生の皆さん、どうぞ本学で学び、わくわくする未来をつくりましょう。

 本日は、誠におめでとうございます。

 平成29年4月1日
産業技術大学院大学学長 川田誠一

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