研究

教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 110回コラム

    システム開発環境の変化へのプロジェクトマネジメントの対応

    情報アーキテクチャ専攻 酒森 潔 教授

1. はじめに
 プロジェクトマネジメントが体系化され、PMBOK®ガイドやISO21500のように幅広い分野のプロジェクトに適用できる標準やガイドラインが充実してきた。これらのプロジェクトマネジメントの考え方は、もともと、大規模なプラント建設業務や緻密な活動が要求される軍隊などのプロジェクトで活躍したプロジェクトマネージャが集まり、そのノウハウを体系化したものである。そのため、あらかじめやるべきことを厳密に定義し、実施する段取りを決めたのち、計画にしたがって一つ一つの作業を実施することを基本的なポリシーとしている。システム開発においては、従来から構築の手順をフェーズに分割して、一つ一つのフェーズを確実に実施していくウォータフォール型開発が行われてきた。この考え方はプロジェクトマネジメントの標準と親和性が高く、システム開発の業界においても新しいプロジェクトマネジメント体系であるPMBOK®ガイドやISO21500に沿ったシステム開発が奨励されてきた。
 しかしながら、情報技術が著しく進化し、システムを必要とする業務も多様化するにつれて、従来の計画に基づいてプロジェクトを実施する方法は見なおされ始めている。たとえば、あらかじめ作業内容やその実施順序を定義し、計画に従って作業を進めるという方法がうまく提供できないこともあり、標準的な計画に基づくプロジェクトマネジメントの体系が必ずしも適さないようなシステム開発が増加してきた。たとえば、アジャイル開発では、最初に完成品を明確に定義することが難しいシステムに対して、無理に細かい設計を行なわずに、試作などを繰り返しながら可能なところから機能を提供していくといった考え方システムの構築を実施している。アジャイル開発の中でも特に広く浸透してきたスクラム開発は、先にチームの人数や作業期間を確定し、担当者が1つの作業を終了したら次の優先度の高い作業を実施するという方式で、作業の見積りが難しく開発期間や工数にバラツキのある作業を効果的に進める方法である。
 また、ネットワーク技術が進歩したことから、自社内にコンピュータルームを持たないクラウドサービスの利用が広まっている。これまで企業内のコンピュータルームで情報システムを運用していたものを、まずはハードウェアや、OSのレベルでクラウドサービスに移行するIaaSなどからはじまり、最近では企業の、業務を支援するアプリケーションシステムを提供するSaaSなどのサービスも充実してきた。これらのクラウド環境の進展で、企業内でコンピュータシステムの管理を行う必要が無くなるところから、さらには企業内で自社用のシステム開発も行わず、既成の業務支援システムを利用するという時代に向かっている。このような環境では、一般企業において情報システム開発のプロジェクトマネジメントは大きく変化することになる。そうなると、開発作業中心に体系化されてきた従来のPMBOK®ガイドやISO21500などがうまく適用できなくなって、システムの企画や調達を中心としたプロジェクトマネジメントの標準が必要になってくる。
そのようなプロジェクトマネジメントの変化について、なかでも特徴的な3つの要素について取りあげ、以下に解説する。

2. 小さな機能の早期提供と変更の柔軟な受入れが求められる
 情報システムで支援すべき業務は多岐にわたる。その中には、企業の会計システムや人事システムの様に、業務の仕組みが確立されているものがあり、これらは詳細な設計が可能であるとともに、システムが複雑になり開発前に詳細に設計する必要があることが多い。これに対して、まだこれからの新しい分野の業務支援を行うもので、業務そのものが確立されておらず、少しづつ作り上げていくべきタイプのものがある。これらの業務を支援するシステムに求められるものは、全体を設計することよりも、まず小さくても良いので必要な機能が早期に提供され、その後業務に合わせた変更をこまめに受け入れられるようにすることである。
 後者のタイプのシステム開発では、プロジェクト開始時には、完成イメージが固まっていないということである。このようなプロジェクトでは、プロジェクトのスコープを明確にせず、与えられたコストやスケジュールの範囲内で可能な限り良いものを作ることに特徴があり、そのようなプロジェクトマネジメントが必要となる。

3. 作業の定義とその作業に対する要員のアサイン
 標準的なプロジェクトマネジメントにおいては、実施する作業とその実施時期を論理的に定義し、それぞれの作業に要員をアサインする考え方が基本である。この考え方はスケジュール優先の考え方で、スケジュールに合わせて要員を調達する。必要な要員の調達が難しかったり、ある時期の投入数のバランスが良くないような場合はスケジュールを調整し、要員の平準化が行われる。この方法では個々の作業の見積りと実績に違いが大きいとプロジェクトの計画が成り立たなくなることが多い。
 これに対して、先に要員ありきという考え方で、チームの人数を固定し各メンバーが、作業を終えるごとに、自ら判断し次の優先度の高い業務を実施していく方法がある。スケジュールをきちんと決めて実施するプロジェクトにおいても、実際には一つのフェーズの中では、開発チームの中でこのような方法がとられる場合が多い。この方法では個々の作業の詳細なスケジュールや人のアサインを明確に行わなくても、効率よく作業が進んでいく。また、プロジェクト実施中での変更要求も受け入れやすい。ただし、システムの完成形を事前に定義することをしないので、発注者と受注者などの間の契約方法などについての考慮が必要となる。
 この2つの考え方は、仕事ありきで仕事に人をアサインする方法と、人が先に決められその人がやれる作業を実施していく方法ということが言える。これは、製造業で古くから生産計画の方法として呼ばれているプッシュ方式、プル方式そのものであり、効率よくものを生産する手法として活用されている。ただし、製造業において生産物の種類に応じて適した方法がとられるように、プロジェクトマネジメントにおいても実施するプロジェクトの内容に合った選択が必要である。

4. クラウド時代のプロジェクトマネジメント
 クラウド化が進展すると、各企業が自社内にコンピュータルームを持たなくなり、情報システムの運用という業務は、クライアントサイドのネットワークやクライアント端末の支援中心に変わってきた。さらにSaaSの進化により、企業では既成の業務支援システムを活用することが多くなり、自社独自の業務システム開発は減っていくことが予想される。このような時代では、情報システムは構築するものから契約して利用するものに変わっていくことになる。すなわち、システムを利用する側のシステム開発プロジェクトは、システムの企画や調達プロジェクトといったものに変わっていくと考えられる。そして、プロジェクトマネジメントには、システムをどのようにつくるかではなく、どのようなシステムをどのように利用するかという観点が中心になってくると考えられる。すなわち、プロジェクトマネジャーには、ビジネスアナリストの能力がもとめられるとも言えよう。
 
5. まとめ
 情報システムの技術革新や、情報システムの活用方法の変化にしたがって、従来のプロジェクトマネジメント標準の体系は今後大きく変化していくことが考えられる。もちろん、これまでの手法が適したシステム開発もたくさん残り、それらは現在のプロジェクトマネジメント標準のもとで実施することは重要なことである。しかし、新しい情報技術の環境のもと、予想することが難しいシステム開発や、予想するためにもまずは作ってみることが必要なプロジェクトにおいては、これまでにない、新しいコンセプトのプロジェクトマネジメントの体系が求められている。

コラムトップへ戻る