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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 48回コラム

    「震災を超えて」

    創造技術専攻 教授 小山登

震災を超えて

 このたびの東日本大震災で被災された方々の復興へ向けての力強い団結力と生き抜こうとしている姿には頭の下がる思いである。義援金や励ましの言葉を送ることしかできない自分に歯がゆさも覚えるが、今後も支援できることは確実にしていきたいと思う。

 さて、今回の災害による原発事故の影響等で電力の安定供給ができなくなり、平時では考えられない計画停電が実施された。それに伴い公共交通機関や施設、それに民間企業全体が影響を受け、街の環境は大きく様変わりし始めている。照度が抑えられた駅の構内、デパートやスーパーなどでの間引き照明、ネオンサインの停止などにより、今までの過剰なほどの明るい照明が光を失い、街全体の賑やかさも影を潜めている。実は、震災以降、学校への通勤の際につくづく感じているのだが、私にはこの照度の抑えられた駅構内が何故か心地良く感じられるのである。今までの行き過ぎともいえた夥しい広告やメッセージのネオンサインが少なくなったことにも安心感を覚える。

 デザインに携わるものとして、改めて環境をリデザインする良い機会であると感じている。いや、環境デザインだけでなく、プロダクトデザインも新たにデザインを考え直す時期に来ているような気がする。停電になると、暖をとるエアコンの代わりをするはずの石油ファンヒーターも用をなさない。家庭やオフィスで使われている電話もバッテリーが切れるとこれまた使えない。駅の切符も買えないし、改札も制限を受けてしまう。気が付いてみると、我々の身の回りは余りにも電気に頼りすぎた製品構成になってしまっている。

 この震災を機に、デザインで何が出来るのか、何をすべきなのかを考えない日はない。

「復興」と言う言葉を聞くと、すぐに思い浮かぶ仮設住宅などの住まい(建築)が最優先で考えられがちだが、まず始めになされるべきは、壊滅された市や町をどのように再構築していくかのグランドデザインであろう。特に、東北地方の港町は、建築・デザイン・都市計画・交通機関などすべてゼロからスタートし、本当に災害に強く、かつ魅力ある街にしていくためのデザインが必要なのではないか。「風光明媚な三陸海岸を見下ろす丘の上に、豊かな伝統文化の香りを残しつつ自然に溶け込んだ近代的な漁師たちの集合住宅」、「そこからクリーンエネルギーのコミューターで港まで行く漁師たち」、「何百年と受け継がれてきた津波からの避難を想定した道路網」など、ただ急場しのぎで再建したのではない、世界に胸を張って紹介できる未来の街としてデザインして欲しいという思いが日に日に募る。今こそ日本にしかできない壮大な復興プロジェクトが一日も早く始まることを願ってやまない。私自身としては、本学の学生プロジェクトでこのようなコンセプトの推進に取組み、デザイン提案の中に間接的ではあっても支援のメッセージが込められればと思っている。

 一方で、前述のように個々の製品デザインについても再考すべき時期に来ていると考える。一例として挙げれば、「電気に頼りすぎた製品デザインからの脱却」も一つの新しいコンセプトあるいはテーマとして捉えられる。具体的には、製品自体に停電時対応などの付加機能を組み込んだものや、既に、一部機関で実験が行われているように、ハイブリッド車のバッテリー機能を利用して、災害時の停電の際に電力供給を可能にするなどが考えられる。

 今回の日本の災害で世界が注目していることについて多くの報道がなされている。その中で、私が最も注目しているのは、日本、とりわけ東北地方の方に強いとされている「忍耐の精神」である。様々な言葉で伝えられているが、「被災地の治安の良さ」、「非の打ちどころのないマナー」、「自助・共助」、「人間としての尊厳」、「冷静で秩序のある行動」、「横並び意識」などである。世界的な作家パール・バックは「つなみ(The Big Wave)」という短編の中の親子の会話で「子:日本で生まれて損したと思わないか、父:危険の中で生きているから、生を大事にする」と綴っている。これから東北の人々が故郷を捨てることなく、復興に向け、危機から学んで得たことを活かしながら、生を大切にする「新しくデザインされたコミュニティー」を築き上げていかれることを切に願っている。

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