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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 1回コラム

    「2009年、大学への随想」

    産業技術大学院大学学長 石島辰太郎

 2009年1月4日午後、さっきから、愛犬のクッキーが、いつもは居ない時間に居る飼い主をそわそわと見つめている。いつもであれば仕事始めの日。クッキーの望みは分かっているが、今年は日曜日ということでお屠蘇気分のまま、大学についてしばらく想いを巡らしてみよう。

 産業技術大学院大学は設立以来4年目を迎える。この間2つの専攻の設置と、業務遂行能力(Competency)を強化するためのPBL(Project Based Learning)という学習法について研究を進め、情報アーキテクチャ専攻で学習プロセスの客観化というレベルを達成した。もちろん、この教育法は本学の教育システムの中核であり、達成度評価の問題など多くの課題が残されているが、実務教育における有力な教育法の一つとしてその完成に向けて具体的なスタートラインに立てたことは特筆すべきことと自負するところである。こうした時期に、PBL法の改善と完成に向けた様々な課題はともかくとして、PBL法の目標を少し別の角度から眺めてみるのも意味のあることであろう。

 そもそもPBL法は、現実の実務で発生する仕事の現場に近い環境を設定して、あるいはできれば現実の仕事の中で、必要とされる学習者のCompetencyを強化していこうとするもので、いわば「理想的な教師」付きのOJT(On the Job Training)であるというところから出発している。この発想の中に留まっている限り、理想の実務教育は優秀な上司の下でのOJTであるという主張を超えることはできない。しかし、PBL法にはこうしたパラダイムを超えるものがあると思えてならない。実は上の主張は学習者個人の能力向上という従来型の学習パラダイムから抜け出ていない。そもそも何故にPBL法ではグループ学習という形態を取る必要があるのであろうか。複数の人間がプロジェクト遂行に単なるマンパワーとして必要だからではなく、実プロジェクト遂行にはプロジェクトの様々な異質な側面をカバーする異なる専門性を持つ人材が必要となるから、その遂行にはグループ、いやチームで対応せざるを得ないという現実があるからであろう。つまり、プロジェクト遂行には個人を超えた存在である「チーム」が必要となる。そのためにはいかにしてメンバーの持つ異質な知識スキルをプロジェクト遂行に動員できるかがキーとなる。つまり、PBLが本来目指すべきは、与えられたプロジェクトに対して、異なる専門性を持つメンバーで構成されるチームを構築し、「チーム知」と呼べるものを創出し、課題解決のためにその「チーム知」を発現する手法の学習であり、知識マネージメント能力の獲得にあると考えることができるのではなかろうか。この考えを推し進めていくと、理想型のPBLを実現するためには、適切なプロジェクトの存在を前提として、可能な限り多様な人材のプールが必要となる。そして、そうした教育環境の構築とは、本学を核とした学習コミュニティーの構築と言い直すことができよう。

 さて、次に本学での積み残しの課題として専門職大学院における「研究」がある。専門職人材の育成にはもちろん最新の専門知識が必要とされるという意味で教員にはそれぞれの専門分野での学会やプロフェッショナルコミュニティでの活動が要求されることは論を待たない。したがって、それぞれの先生方には個々の研究テーマを追求しより高い成果を挙げていただくことが必要であるが、その上で日常の教育に可能な限り研究の要素を持ち込んでいただくことをお願いしたい。実際、「研究という行為」が最も能動性の高い学習を引き出すことは自明の理であろう。そのため、具体的には、PBLや講義の計画に研究や開発といった要素を可能な限り盛り込み、非日常的な知的興奮の経験を学習者に提供することを積極的に指向して欲しい。さらに、本学のミッションの一つである産業分野でのシンクタンク機能の発揮という観点からも組織としての特徴ある研究あるいは開発が生まれることを大いに期待したい。そのために、本学にはOPI(Open Institute)が設置されているし、産業デザイン研究所を昨年設置したところである。専門職大学院は人材育成という教育行為に大きな比重があることは事実であるが、これを「研究」を軽視するための隠れ蓑にしてはならない。「研究力」、いいかえれば、新しい何物かを生み出す力は高等教育機関の持つ最も大きな魅力であり、それなくして高等教育機関としての存在意義もない。ただし、ここでいう研究とはアカデミズムで言うところの研究ではなく、むしろ「開発」に近いものと解釈すべきであり、その意味で実務教育の範疇から外れるものであってはならない。こうした研究開発活動を教育と有機的に連携するためにも、地域社会を包含した学習コミュニティーの存在が極めて重要になる。初夢としては、本学を象徴する研究開発プロジェクトが学習コミュニティーの中に立ち上がり、本学が「Amazing Invention Institution of Tokyo」として地域産業と一体化して製品を生み出し続けるといった状況が実現することである。

 こんなことを考えているうちに夕刻になり、愛犬のクッキーが散歩を催促して体を摺り寄せてくる。暮れの30日から始めたバナナダイエットの効果も未だ出ず、健康管理はひたすらクッキーに頼らざるを得ない。それにしても、今年の正月は世界的な経済状況の暗さとは対照的に、おだやかな日和が続いている。明日からまた、理想の大学作りに向けた仕事が待っている。
さあ、クッキー、散歩に行くよ!

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  • 2回コラム

    「安全・安心」

    産業技術大学院大学研究科長 川田誠一
  • 1回コラム

    「2009年、大学への随想」

    産業技術大学院大学学長 石島辰太郎