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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 33回コラム

    「多様なバックグラウンドを有する学生が学ぶ大学院」

    産業技術大学院大学 産業技術研究科長・教授 川田誠一

 今年のPBL(Project Based Learning)型演習も半期の山場を超えた。先週末には、情報アークテクチャ専攻、創造技術専攻のPBL中間報告会が開催され、炎暑の中創意工夫に溢れた成果が披露されたのである。本学では、企業で十二分に管理職として実績がある方が新卒者や若手技術者と同じ資格で学生として参加するような、他に例を見ない特徴あるPBLを実施している。新卒者と大手企業の部長職経験者が同じ立場でプロジェクトを進めることも少なくない。多様なバックグラウンドを有する学生から構成されるチームでプロジェクトを実施することで、高いレベルのコミュニケーション力やチーム力を獲得することができるものと確信している。

 このようなことを考えていると、本学が開学した平成18年度のことを思い出す。情報アーキテクチャ専攻の1年生しか在籍していない頃のことである。2年次のPBLを順調に開始するためのテストケースとして体験型学習特論というミニPBLを授業として実施した。受講生の数はそれほど多くなく5名程度のチームを2チーム組織化し、プロジェクトを実施した。その頃の話である。

 ある時、そのプロジェクトのチームリーダーが私の部屋に相談に訪れた。世界の情報産業のリーダー企業の元部長経験者である。彼曰く「先生、チームメンバーを統率するのが難しいです。分担課題を納期に提出しない学生や、連絡を取っても返事が遅い学生など、リーダーとして困っています。会社なら、命令を出せば皆従ったものですが、ここではそういうわけにはいかない。どうすればいいでしょうか?」ほとほと困ったのであろう。大きい体を震わせながら、私に解決案を求めてきた。こちらとしても、簡単な解決方法があれば困らないのであるが、しばらく思案して、一案が頭に浮かんだ。「どうでしょう、まずチーム統率のためのルールを皆で議論し、皆が納得したルールに従ってチームをリードするのはいかがでしょうか?」しばらくの沈黙の後、納得したのか、「その方法でやってみましょう。」と言って、かのリーダーは立ち去った。その後、そのチームリーダーから「うまくチームをリードできるようになりました。会社にいては、気がつかなかったことなど、このプロジェクトで多くのことを学ぶことができました。」という言葉を聞くことができた。

 年齢、性別、国籍、経験など多様なバックグラウンドを有する学生が学ぶ大学院は、今まで日本にはなかったのではないかと思う。新卒の学生といっても22歳から23歳であり大人である。その大人であるはずの新卒学生が、私の部屋に相談に訪れた。「大人の人にこういうことを言われました。」私は絶句した。「あなたも十分大人だと思うけれど。」しかし、実態は違うのである。新卒学生が、30代、40代、そして50代、60代の学生と一緒に学ぶ中で、様々な会話を通じて意見交換する。そこで気がつくのである。自分がいかに抽象的にしか物事を考えてこなかったか。人との関わりを身近な友人関係としてしか築いてこなかったのかを

 教室の中が一つの社会として存在する。そのような大学が産業技術大学院大学である。このような特徴ある大学において、高度専門職業人を育成するという使命をどのように果たすか。我々の課題は山積している。これからも、私の部屋を訪れる学生の声に耳を傾けながら、教育の質を保証できる大学院教育の実践に努めたいものである。

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