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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 32回コラム

    「TF(Technology Fiction)の薦め」

    産業技術大学院大学 学長 石島辰太郎

TF(Technology Fiction)の薦め

 ご多分にもれず、私も一時SF小説の虜になったことがある。SFの醍醐味は何といっても物理的制約に囚われない発想の自由さ(Fiction)と、科学(Science)が纏う知的雰囲気(少なくとも論理的に見える)にあると思う。今でも、そのころの影響は残っていて、”THE MATRIX”や「攻殻機動隊」などの映画やアニメが大好きで、家族からは若干馬鹿にされながらビデオに釘付けになっている。既に他界されたが、東京都立科学技術大学の初代学長の渡辺茂先生から,SFは物理的実現性を無視している点が駄目で、工学系の研究者にはTFが重要である、という趣旨の話を聞いた。実際、SFの中には、例えば「太古に極限まで進化を遂げた文明が地球上にあり、その時の知的種族は進化の果てに純粋に思索に没頭するため植物となることを選んだ」といったものがあったが、こうした実証可能性の枠組みを外れてしまうものがかなり存在する。そういえば、「鉄腕アトムは科学の子」であり、少なくとも将来の科学技術の発展で実現可能性が十分に見込めるのに対して、「鋼の錬金術師」では科学性はほぼ完全に無視されている。つまり、SFはそのジャンルに非日常的なもの全てを含んでしまったことで、科学的な用語あるいは雰囲気があればよしとされオカルト的なものまでも含まれることになってしまったように思われる。いまでは「科学」よりも「魔法」が子どもたちの読む漫画では主人公になり、複雑な論理展開や地道な努力を避け、一瞬で結論に飛びつくことが歓迎される文化が何となく敷衍しているように感じられる。

 そこで、SFの持つ非日常性と、しかし科学的実現性が十分に考慮され、物語としての面白さ、あるいは深い思索の楽しみを感じさせる物語であるTFの出番となる。どこまでがTFでどこからがSFかの厳密な判断は難しく、グレーの部分が残ることは止むを得ないが、少なくとも「科学的、技術的実現性に十分な配慮がある」ことを条件とすれば、メカニズムを全く説明しない「魔法」等との区別は付けられるものと考える。TFはその意味では将来予測であり、仮説検証のプロセスでもあるということになる。その例として、最近登場したIPADを考えてみよう。IPADが持つ物語性の最も大きな柱は、「自由な姿勢で自由に操作できる情報端末」という点にあり、これはかつてソニーのWalkmanで実現された「Wearableなオーディオ機器」ということと同種のものである。つまり、両者に共通するのはこれらの装置によって、新しい生活のパターンが生まれ、その活用分野は一冊の立派なTFとなる物語の可能性を秘めている。IPADが生まれた経緯について詳しくは知らないが、その誕生に至るスティーブンジョブ氏の思考プロセスと現実の市場での熱狂的ともいえる受け入れは、5年前であればすばらしいTF小説となったものと考えられる。それでは、次に起きるこの分野でのイノベーションはどのような物語性を持つものとなるのだろうか。たとえば、「所有する(身に付ける)ことで賢くなる情報機器・サブブレーン」という観点はどうだろうか。これはデータベース技術、ネットワーク技術、さらには情報端末技術の延長線上にあり、明らかにIPADやインターネット技術が目指す方向にあると考えられる。それでは、サブブレーンができたとして、その形状あるいは利用形態、さらに社会はどのように変化するのであろうか。そこに物語が描ければ一つの未来予測としてのTFが描けると思う。という訳で、一つ作品を書こうかと思い立ってはいるが、ここから先は物語を組み上げる才能がいることになるので、そうそう簡単にはいかない。

 しかし、専門的知識と若干の空想力があれば要素技術について想像の翼を広げることは可能で、昨年の運営諮問会議で実務担当者会議の委員長である北村さんから提案のあった技術アウトルックを大学として纏めてみるというプロジェクトにも関係しそうである。そこで、日常の様々な業務から少しだけ離れて、技術がもたらす可能性についてTF的な眼差しで想像を巡らすという楽しい作業を始めてみようかと思う。そこで、拙稿を読んでくれた皆さんに呼びかけたい。「サブブレーン」の実現に必要な要素技術や製品のデザインあるいは利用形態などについてアウトルックしてみませんか、と。

 -請う提案:s.ishijima@aiit.ac.jp

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