研究科の紹介

教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 30回コラム

    「イノベーションについて思うこと」

    創造技術専攻教授 吉田 敏

・イノベーションに関する動向

 2007年、日本学術会議は行政からの要請を受け、イノベーション推進検討委員会の下、学術面から見たイノベーションに関する意見をまとめ、『イノベーション25』の作成に寄与した。この活動では、主に「何を創っていくか」ということに焦点が当てられていた感がある。一方、日本学術会議の総合工学委員会の基に設置されたイノベーション力強化分科会では、その後も国内のイノベーションに関して議論が持続され、「どのように創っていくのか」を議論していく可能性を示唆したものとなった。

・日本型イノベーションを理解する必要性

 『イノベーション25』では、将来の国際的な方向性は見ることができ、技術ロードマップ作成のための素地は作られたが、日本の技術がそのロードマップの中でどのように関与していけるのかについては棚上げされた形となっている。ここで重要になってくるのが、「いったい日本型のイノベーションとはどのようなものか」という点である。これには、日本の技術力の強みと弱みを論理的に理解し、強みをどのように伸ばし、弱みをいかにカバーしていくのかを考え、その上で日本が主導していくイノベーションの特性とはどのようなものかを考えていく必要性がある。
そのために、現在、研究分野に求められることは、日本の技術力の特性を明らかにし、日本型のイノベーションがどのような傾向を持つのかを分析していくことである。特に、分析に際しての視点としては、技術力という抽象的な対象を理論的に理解していくために、人間が人工物を構築するときの思考を追い、そこに生まれる傾向を捉えていく必要性が高いと考えられる。

・日本型イノベーションの特性の理解へ

 戦後の日本の技術は、これまでも様々な視点から注目され、取り上げられてきた。しかし、その特性に関して理論的に語られた内容は殆ど皆無であった。つまり、日本の技術のどこに強みがあって、先端的に技術革新を行ってきたかが理解されつくしているとは言い難い状況である。
広く人工物の特性を議論する視点として、構成要素間の関係性に着目したものが広まりつつある。この分野の研究は、H.サイモン、C.アレグザンダーに始まったものであるが、この構成要素間の相互依存関係に関する特性は、人工物生成にとって極めて根本的な問題であり、適用範囲は広く、これから多くの可能性を含んでいる。近年、K.Urlichなどによって現代の実業における生産活動に落とし込まれている。また、C.ボールドウィン、K.クラークによってモジュールの概念が提案され、製造業を中心に生産活動の設計思想について理論化に活用され、藤本隆宏などによって擦り合わせの概念による国内産業を中心とした議論が進められている。
このような人間の創造過程に即した根本的メカニズムに即した視点より、何らかの社会への影響を含む技術革新であるイノベーションに焦点を定め、日本型イノベーションの特性を見極めていくことができる可能性が考えられる。

・イノベーションが生み出す価値

 経済学を中心に、伝統的に、生活者や社会が望むものが売れるように市場が動く、ということで市場メカニズム理解の問題にけりをつけようとしてきた。この考え方は、パレート最適、ナッシュ均衡など最近の洗練された研究にも受け継がれてきている。だから、規制緩和によって市場の動きに任せるのがよい、という経済政策の思想を重視する研究者も多いともいえる。
しかし、技術革新に伴う不確実性、使い手の創造性の反映に関する限界、初期予測に即した損益分岐点の設定、使い手の短期的視点による選択、などの視点から考えると、もはや前記のような市場に任せるという考え方では製品を対象とした市場メカニズムに対する正しい判断が不可能になってきたことが理解できる。
その上で、日本型のイノベーションがどのような価値を生み出していく可能性があるのかを考えていく必要がある。これは、イノベーションを理解していくうえで、社会に対してどのような価値を生み出し、どのように影響を及ぼすのかが最も重要な点になるからである。
しかし、今日、技術が進み、製品の機能が多角化できるようになってくると、つくり手にとっても、使い手にとっても、何をつくるべきかを知ることが困難になってきている。単に技術的につくり込み、多角化した機能をつくり出すことが高い価値を生むわけではなく、社会に対しての貢献に直結していない場合もある。生産物や基盤技術が複雑化した現在、社会に必要とされる真の価値とは何なのかを議論する必要性が高まっている。

コラムトップへ戻る