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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 27回コラム

    「擦り合わせ技術とオープン標準」

    情報アーキテクチャ専攻 教授 成田

 飛行機に乗るときは、空港でビジネス本を買って機内で読むことにしている。昨年の旅では、木村英紀著「ものつくり敗戦」 (日経プレミアムシリーズ)を読んだ。題名が刺激的だが、近ごろ興味をもった本の一つである。

 私は、20年以上ソフトウエア製品の企画と標準化の仕事をしてきたが、これを機に改めて「ものつくり」におけるソフトウエアの重要性について考えることができたので、「ものつくり敗戦」の趣旨の紹介、擦り合わせ技術と標準化の動きの紹介、システム・ソフトウエアの重要性の順でお話ししたい。

1. 「ものつくり敗戦」の趣旨
 第1次産業革命は、紡績技術と動力の発生と制御がテーマであり、インドとの競合、労働力不足の解決が目標であった。第2次産業革命は科学知識を用い、工業を発展させ、道具から機械に移し、熟練工の排除を進めることが目標であった。第3次産業革命は、(1)大量生産・大量消費を実現するための複雑性・不確実性を、情報によりコントロールすることを一つの目標とした。その結果として、生産管理・標準化・品質管理・プロジェクト管理・制御技術が立ち上がった。他方、(2) 「誰でも勉強すればできるようになる」という言葉に代表される、人の能力の普遍性追求により労働者のノウハウを普遍化し労働集約型からの移行を一つの目標とした。

 太平洋戦争の敗因の一つは、大量生産・大量消費の経験を経ていない日本の工業レベルであった。例えば、異なる製造工場によって銃と玉が合いにくい、あるいは、航空機も、部品の加工が微妙で、整備時間が長くかかった等が挙げられる。

 戦後の復興期を経て、大量生産・大量消費の経験を積んでキャッチアップしたが、第2次産業革命にこだわり、理論・システム・ソフトウエアが日本の弱さとして残っている。

 日本は苦しむと、「ものづくり回帰」をとなえるが、制御の高速化、ソフトウエア関連の追い上げが激しく、熟練工が残る余地が少なくなり、「ものづくり敗戦」が忍び寄っている。対策は、日本の教育のモデルを、理論・システム・ソフト重視した戦略に変えるべきである。

2. 擦り合わせ技術と標準化の動き
 良く知られているように、技術・製造の普遍化・標準化の流れの中で、日本のDVD/CD-ROM関連業界は、量産時の開発途上国の追い上げを受け苦戦してきた。これは、「国際競争とグルーバル・スタンダード」の中でも、擦り合わせ技術とオープン標準の視点から十分分析されているが、上で述べた第3次産業革命の動きに一致し、技術の標準化とワンチップマイコンによる普遍化に苦戦したと言える。一方、WTO TBT協定によるデジュールスタンダードの位置付けが高まったことにより、日本政府は経産省が中心となり、標準化の推進を行っているが、その中で先端技術を継続的に獲得するために、技術の立ち上げ時に有効である擦り合わせ技術への重要性が強調されている。

 しかし、「ものつくり敗戦」における木村氏の分析によれば、擦り合わせ技術から情報化への流れは不可避でとの主張がなされており、擦り合わせ技術への回帰を戦略に入れた主張だけでは量産を考慮すると十分とは言えない。なぜなら、制御の高速化、ソフトウエアの普遍性から、そもそも擦り合わせへの回帰も長い時間を確保できるとは限らないからである。

3. システム・ソフトウエアの重要性

 DVD/CD-ROM技術・製造では、日本の関連業界は開発途上国の追い上げを受け苦戦した。比較的生産台数の少ない当初は、媒体・光ピックアップや駆動装置など個々の部品の癖を微妙に擦り合わせ調整しながら組み立てていた。しかし、コンポーネント間の仕様が標準化され大量生産に移行する段階で、装置や部品の擦り合わせのノウハウを反映したプログラムをマイクロコンピュータに組み込んだチップセットが半導体メーカから提供されたためである。すなわち、機械に情報を加えシステムへ統合化されてしまったため、チップセットを購入するだけで、開発途上国がDVD/CD-ROMを安い労働力を用いて製造できることにあった。さらに、チップセットの供給側に回って利益を享受することもできなかった。日本の製造業が、理論・システム・ソフトウエアの戦略を重視することが必要とされていることがわかる。

 ここで重視すべき、理論・システム・ソフトウエアは、組み込みシステムで要求される大規模、高機能化、複雑化、高品質に対応できる必要がある。これらは、巨大システムの構築、大量に販売されるパッケージソフトウエアやオペレーティングシステム、インタネットのサービスやそのプラットフォームで得られる技術から得られるものである。例えば、インタネットサービスでは、100万台クラスから1000万~1億ユーザクラに規模を扱っておりより大規模なユーザ数を扱っている。これは企業システムで扱っている対象に比べて桁違いに大きいが、こうしたインタネット規模を扱えるサービスやプラットフォームの開発・構築・利用技術をもつことが、日本全体の産業競争力強化に必要になるのではないかと考えている。

参考資料
・「ものつくり敗戦」木村英紀(日経プレミアムシリーズ)
・梶原清則、香山晋「イノベーションと競争優位」NTT出版
・経済産業省 標準化経済性研究会 編 「国際競争とグルーバル・スタンダード」
・標準化教育プログラム「共通知識編」,「個別技術分野編-電気/電子分野」(「平成18年度基準認証研究開発事業(標準化に関する研修教育プログラムの開発)」))

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