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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 17回コラム

    「部分知と全体知」

    情報アーキテクチャ専攻教授 瀬戸洋一

 「群盲、象をなでる」という話がある。目の悪い子供たちが象を触ってその感想を問うというインドの寓話だったと思う。

 子供たちは思い思いに象をとりかこみ、触れはじめた。一人の子供は象の耳にさわった。その大きな耳をやさしくなでながら、「象は大きなうちわのようだ」と思った。別な子供は象の足にふれて、「象は太い柱のようだ」思った。また別な子供は象の鼻にふれて、「象は太いこん棒のようだ」と思った。 象の腹にふれた子供は、「象は大きな壷のようだ」と思った。

 先生は子供たちに「象というのは、どんな動物でしたか?」たずねた。子供たちは、それぞれ感じたことを話しはじめた。 「象は大きなうちわみたいなものです」と最初の子供が言った。 「違うよ。君はわかっていない。象は太い柱みたいなものだ」と二番目の子供が言った。 三番目の子供が、笑いながら二人のあいだにはいって、言った。 「なんてばかなことを言ってるんだ。象はうちわのようでもないし、柱のようでもない。それは太くて長いこん棒みたいなものだよ」 、また別な子供が口をはさんだ。 「だれもわかっていない。象は大きな壷みたいなものだ。」 子供たちの議論は白熱して、しまいには口論になっていった。

 先生が言った。 「先生が象とはどんな動物か話してあげよう。みんなが言ったことは正しくもあり、また間違ってもいる。君たちのそれぞれが触れたのは、象という動物の一部分だ。そこから象の全体像を描こうとしても、それは正確なものではない。象はうちわのようでもあり、柱のようでもあり、またこん棒のようでもあり、壷のようなものでもある。そして、これらすべてをあわせたより以上のなにかだ。それは全体を見ることによってはじめてわかるのだ」

 IT(情報技術)あるいはITビジネスも上記の寓話のような世界ではないだろうか? 私は、本格的に情報セキュリティの仕事に関わるようになってから10数年過ぎたが、情報セキュリティも同じようではないかといつも感じている。

 ある人に聞くと「数学の理論にもとづく暗号ですよ」、ある人は「リスクマネジメント、ITガバナンスですよ」、またある人は「法律や規格が重要さ」、またある人は「一番社会的に影響の大きいコンピュータウイルスですよ」、みな正しくもあるが、適切ではない。

 上記の先生の言葉を使うと、「先生が情報セキュリティとはどんな概念か話してあげよう。みんなが言ったことは正しくもあり、また間違ってもいる。君たちのそれぞれが思いついたのは、情報セキュリティという知識の一部分だ。そこから知識の全体像を描こうとしても、それは正確なものではない。情報セキュリティは数学のようでもあり、法律のようでもあり、またリスクのようでもあり、コンピュータプログラムのようなものでもある。そして、これらすべてをあわせたより以上のなにかだ。それは全体を見ることによってはじめてわかるのだ」

 大学での講義は、専門分野に関する「知の細分化」が起こっている。専門化・細分化されて局所的の技術論に陥り、全体の相関や総合的ソリューションを求める「全体知」の伝授が弱いのが実態ではないだろうか。社会で生じているさまざまな問題は、「全体知」をもって解決することが多い。つまり、IT分野においては、「部分知」では、物事の本質を見極めることは難しく、対象に対する「全体知」を学ぶ努力を怠ってはいけないということであると思う。

 ITが社会の重要なキー技術であることを反論する方は少ないと思う。ただし、ITに関する専門技術を修得し活用できれば、すぐれた役に立つ技術・システムが構築できるかといえば、そうとは言えない。現在の技術革新のスピード、同時性は、過去になく、早く、広い。しかも、その専門知は細分化し、深まっていることは否めない。しかし、社会を専門化・細分化されて局所的な最適性でもっても、合目的や総合的なソリューションを求めることはできない。全体知の理解と活用が必要である。

 産業技術大学院大学の情報セキュリティ教育は、「全体知」を知って「部分知」に活かす教育方針をとっている。また、とれるように努力している。時代の先端の「象」の全体像を把握するのに、最新で最適な「学びの場」を提供することを最優先に考え、研究教育に臨んでいる。

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