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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 86回コラム

    自分を楽しもう

    情報アーキテクチャ専攻 嶋津 恵子 教授

 少し前に、高校時代の旧友とつれづれなるままに語り合ったことがあります。

 中学生や高校生だったころ、さらに言えば、社会人になりたてのころでさえ、私自身の現在の職業や環境は予想できませんでした。多くのみなさんのご指導・・・というより、引っ張り上げてくださったり、叱りとばしてくださった結果、今のわたくしがあります。
 もちろん心の底から大勢の方に感謝するとともに、その一方で、まったく別の方々に囲まれていたら、今とは180度違う人生になったのだろうと思ってきました。何が幸せや成功につながり、どこで不幸や失敗に出くわすかわからない。まったくもって「人生万事塞翁が馬」だと、私は少しのビールで冒頭の友人に講釈を垂れていました。

 やおら、彼女はわたしにこう言いました。「恵子は、あのころ語っていたような人生をちゃんと歩いているね。」わたしは、やや驚きそして焦りました。どんな恥ずかしい大風呂敷を広げていたのだろうかと、一気に冷汗がでました。「わたし、何て言ってた?」その問いに、彼女はあの当時と変わらぬゆったりとした口調で、私自身が忘れてしまっていた私の“将来像”をおしえてくれました。

 予想していなかった人生を歩いていたと思っていたら、実は思い描いていた姿を具現化してきたようでした。


 思いもよらなかったことも確かにあります。その最大のものが、わたしの人生を大きく広げ、また深めてくれた方々の顔ぶれです。

 ぼんやりとではありましたが、所属した組織の上司達や、専門領域の先頭に立って社会を牽引している人たち。そういう方々にめぐり合い、ご指導を頂戴し、学ばせていただき、わたしは目指す自分になっていくんだろうと考えてきました。もちろんそういう多くの先輩方、先生方、上司のみなさんに、わたしは大変助けられました。
 お一人お一人に十分な感謝を伝えてこれなかったことを、時々悔んでいます。
 特に今日の人工知能研究の礎を築かれたICOT(Institute for new generation computer technology:新世代コンピュータ開発機構)の技術担当のトップでいらした古川康一先生には、まことに丁寧なご指導を頂戴しました。毎日のように、わたしに語り掛け続けられた呪文「あなたはね、あなた自身の優秀さに気づいていないんです。それに気づいたとき、あなたは、ものすごい人物になりますよ」。これがなかったら、わたしはすべてのことを途中であきらめていたように思います。
先生がおっしゃっていらしたわたし自身の優秀さがなんであるのか、答えをお聞きするチャンスのないまま、今年の初めに先生は急逝されました。
 わたしは、いまだにショックを引きずっているようで、集中力が欠けることがあります。


 さて、他方、予想もしなかった方々の力がわたし作用することもありました。
 その一つが、社会人学生の皆さんです。私は、AIITに着任してまだ時間が浅いですが、それより以前に慶應義塾大学院SDM(システムデザイン・マネジメント研究科)でも教鞭をとっていました。ここにも多くの社会人学生の皆さんが在籍されていました。彼らの中には、日本経済に影響を及ぼすようなビジネスをしている方、行政や外交の中核を担っている方、また産業界のトップの方々へ大きな影響力をお持ちの方もいらっしゃいました。わたしは、学生のみなさんへの偏った見方をさけるために背景をできるだけ参照せずに、授業等に取り組んできました。
ところが気づくと、特にプロジェクト・ベースト型授業や研究指導の中で、わたしも彼らから多くのことを学んでいました。より正確には、彼らの力になりたいと本気で思うと、私自身が新たに学ぶべきことがたくさんあり、それらに取り組んでいたら自分の世界が広がったということです。
外交問題にビッグデータが利用できる可能性を知ったり、金融市場分析にモデリングが活用できることに気づいたりという例がありました。

 もう一つが、まったく社会人経験のない若い学生たちによるものです。彼らの純粋な直観力は、大人の損得勘定という色眼鏡を無色透明にする力があるようです。
「先生のところに来たら、僕の困っていることの解決策が得られると思ってきました」と主張していた学生は、自作の空き缶サイズの人工衛星を持っていました。宇宙工学をまったく勉強していなかったわたしは大いに焦りました。そんな私も、今や、3mクラスのハイブリッドエンジン搭載ロケットシステムの設計に加わっています。
 「W大学のA山先生に会ってみてください。お二人だったらすごいことができると思います」と言われ、“あの先生はブルドーザのような方とお見受けしている。大変なことに巻き込まれやしないか”と躊躇しました。現在、この先生のパワーと官庁のみなさんへの信用力で、私はエンジニアとして国家プロジェクトに貢献させていただくチャンスを得ました。
 「T大のM浦先生には、会うべきです」と言われたときは、本学でPBLを初めて担当した年であり、“めんどくさいなぁ”と心底思いました。彼らの情熱に負けお会いしたところ、現在、わたしが専門とするSystems Engineeringの世界標準工学フレームを国内の情報システム開発会社で導入する運びになりました。これは正に、わたしが社会人として実現したいと願っていたことの一つでした。


 どんな希望も夢も、人は一人では実現することができません。それはゴールのことを言っているだけではなく、工程やきっかけもそうであるようです。

 年齢、経験、立場、権威、そういった社会的な枠を超えて人と人として尊敬しあい信頼しあい、互いを助け合い、ともに社会に貢献しようと願ったとき、大きなエネルギーが生まれるのかもしれません。


 人と出会うことは楽しい。
 知らなかった環境に遭遇することも楽しい。
 思わぬ出来事や悲しと感じることも、きっときっと乗り越えられる。

 生きていることを、思いっきり楽しみたい。
 もっともっと楽しみたい。
 もっともっと自分を楽しみたい。

 自分自身にそう願います。

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  • 86回コラム

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    情報アーキテクチャ専攻 嶋津 恵子 教授
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