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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 80回コラム

    これからの学びに向けて –ITが学習にもたらしたもの–

    情報アーキテクチャ専攻 大﨑 理乃 助教

 「学習」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?
 このコラムが掲載される頃は、IT分野に限らず様々な分野で注目されている「機械学習」「深層学習」といった人工知能関連のワードを思い浮かべる方が多いのではないかと思います。これらの人工知能研究が機械を賢くするものとすれば、一方で人を賢くするための「学習」に関するITについても、様々な研究がなされています。近年では、人工知能が生活に深く関わる時代に必要な人材育成を見据えて、21世紀型スキル(※1)の提唱がなされ、学校教育現場でもITを利用して協調的な問題解決を行う授業が増えつつあります。
 本学は専門職大学院として、多くの学び続ける社会人の学習をサポートしています。そこで、本コラムも、ご自身の学びに何かしらの興味を持っていらっしゃる方を読者として想定し、皆さんの「これからの学び」の参考になることを期待して、「人の賢さ」のためのITに関するトピックスを少しご紹介したいと思います。

 「人の賢さ」に関してITは、私たちに(1)知識の低コスト化、(2)学習の低コスト化、(3)学びの評価の多様化、をもたらしたと考えることができます。これらは、独立するものではなく、相互に関連するものです。学びにコンピュータが持ち込まれた年を「何年」と定義することは困難ですが、コンピュータやネットワークが普及し始めた1980年代を黎明期として、これまでの研究や実践を俯瞰すると、この三つに整理できると思われます。
 第1の知識の低コスト化は、簡単に言うと「知識が前ほど重要ではなくなった」ということです。インターネットの発展と共に、私たちは容易に様々な情報を手に入れることができるようになりました。もちろん、エンジニアとしてものを作るための知識など、人が保持するべき重要な知識は今も変わらず存在しますが、その知識を知っているだけでは、検索サイトと同じ役割しか果たすことができません。つまり、知識をどのように社会へ提供するかも重要になっている、とも言えるでしょう。知識だけでは戦えない時代という意味では、人の賢さがより必要とされる時代になりつつあるのかもしれません。
 第2の学習の低コスト化は、「誰でも、いつでも、どこででも専門家の知恵を学ぶことができるようになった」ということです。インターネットを用いたMOOC(※2)の広がりもあり、誰かから知識を伝達されることを求めるのであれば、お金をかけることなく、自分のペースで動画教材を見ながら学習することができます。このことは「教室での授業」の役割を変えることにつながります。受講生が教室空間に集合する形態の授業は、いつでも、どこでも、というわけにはいきません。「教室での授業」は、移動時間や費用、参加者をその時間拘束することによる機会損失といった、様々なコストに見合うものである必要があるでしょう。
 第3の学びの評価の多様化は、「学びのプロセスの評価が行われるようになった」ということです。かつて、学びの評価は、入力したことをどれだけ出力できるか、といったものが中心でした。主に、正解のある試験で、問いに対して正解を書くことを求めていました。しかし、ITの利用によって、学びのプロセスを記録することが容易になりました。そして、学習者のインプットとアウトプットだけを見るのではなく、学びのプロセスで起きていることを観察し、学習者の状況に合ったフィードバックや指導ができるようになりつつあります。近年では、学びに関する様々なデータを扱う「ラーニング・アナリティクス」という研究領域も立ち上がり、ITを使った学びの評価は、システムと評価方法の両面から研究がなされています。

 ITは、私たちが学ぶべきことを変えてきました。しかし、ITによって私たちの学びは、容易に、かつ高品質になっています。さらに、学び手にとっての選択肢も増えています。学び手が、様々なツールを使いこなし、自分の学びをデザインできる、そんな世界が徐々に実現しつつあります。

※1.21世紀型スキル:産業界関係者と学習研究者らの世界的プロジェクトであるATC21s(Assessment and Teaching of 21st Century Skills)が提唱した、グローバル社会を生き抜くために必要とされるスキル。

※2.MOOC(Massive Open Online Courseの略,ムーク):日本語では,大規模公開オンライン講座と訳す。動画視聴だけでなく、コースとして様々な教育機関の提供する教育プログラムを受けることができる。

<より深く知りたい方への参考資料>
1.P・グリフィンほか著(三宅なほみ 監訳),21世紀型スキル:学びと評価の新たなかたち,北大路書房,2014
2. C・M・クリステンセンほか著(櫻井祐子 訳),教育×破壊的イノベーション,翔泳社,2008
3.武田俊之,ラーニング・アナリティクスとは何か. コンピュータ & エデュケーション, Vol.38,pp. 12-17,2015

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