研究科の紹介

教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 11回コラム

    「PMBOKとプロジェクトマネジメントの展望」

    情報アーキテクチャ専攻教授  酒森潔

PMBOKの発展

 多くの人たちがプロジェクトマネジメントの重要性に気が付き、どうすればプロジェクトを成功できるか研究を重ねています。そして、業界を超えた多くのプロジェクト専門家の英知が結集され、プロジェクトマネジメント知識体系(Project Management Body Knowledge)ガイド(以下PMBOKと記述します)がまとめらました。現在このガイドは、グローバルな知識体系として定着し、昨年末には第4版に改定されました。

 今回の改定の最大のポイントは、プロセスの記述や各種ドキュメントの内容を明確にすることで、これまでの体系の記述をより分かりやすくしたことです。プロセスそのものの見直しは前回の改定より少なく、44のプロセスが42に整理されました。追加されたのは「要求定義」と「ステークホルダー識別」の2つのプロセスです。システム開発プロジェクトでは要求定義のプロセスは重要な位置づけですし、ステークホルダー識別もプロジェクトの開始時に必要とされていました。削除されたプロセスは「スコープ記述書暫定版作成」と「スコープ計画」プロセスです。どちらも体系をより分かりやすくするために削除されました。また、冗長だった調達マネジメントのプロセスが、6つから4つに統合されました。

 そのほか、予防措置や是正措置を広い意味の変更ととらえ、変更要求を一本化したことや、最近のプロジェクトマネジメントで重要視されている、プロジェクトマネージャのヒューマンスキルの記述が強化されたことが、第4版の改定の特徴です。

PMBOKは実務に役立たない?

 第4版があまり大きな改定でなかったことを見ても、PMBOKの体系がかなり固まっており、プロジェクトマネジメントのバイブルとしての地位を築き上げていることは間違いありません。PMPの資格保持者も世界で30万人の域に達しようとしています。

 一方ではこのようなPMBOKの知識は実務ではなんの役にもたたないという意見もあります。このようなPMBOKに対する批判の理由はどこにあるでしょうか。批判の最大の理由は勘違いによるものでしょう。PMBOKはもともとプロジェクトの実務標準書ではありません。いわゆる「知識体系」でありこの体系をどのように実プロジェクトに適用するかはそれぞれのプロジェクトによるとされています。それを忘れてPMBOKをプロジェクトの最高レベルの手順書として使おうとする人が、PMBOKは役立たないと思ってしまうようです。

PMBOKの課題

 しかし、ほんとうにそれだけがPMBOKがうまくプロジェクトに適用できない理由でしょうか。わたしはPMBOKの基本的な考え方にもいくつかの課題を抱えていると考えています。そのひとつは、PMBOKには支出の管理であるコストマネジメントはあっても、収入とのバランスを見るプロフィットマネジメントが無いことです。またもうひとつは「スコープ」「コスト」「タイム」の3つの柱を計画で決めたら変化しないものという考えに基づいていることにあります。どちらも、PMBOKのコンセプトであり、それが良くないというものではありませんが、現実のプロジェクトとのかい離を起こす原因であり、PMBOKの現場への適用を難しくしている要因です。PMBOKの今後の発展にはなんらかの対応をしていく必要があるものです。以下2つの現場とのかい離について説明します。

PMBOKはプロフィットセンター型プロジェクトを考慮していない

 PMBOKに収入の管理がないというのは、9つの知識エリアにコスト管理はあってもレベニューやプロフィット管理が無いことからも自明です。PMBOKではプロジェクトは開始時に予算が与えられコストマネジメントはその予算を守る作業であるとしています。このような考え方は一般にコストセンターと呼ばれているものです。しかし、世の中にはその収益がプロジェクトの大きな管理目標になっているものも存在します。たとえば請負型のプロジェクトのプロジェクトマネージャは、そのプロジェクトの利益を追求しなければなりません。PMBOKは発注者側のプロジェクトを想定しているとしていますが、受注者側のプロジェクトマネジメントが増加していることを考慮すべきでしょう。

PMBOKでは事前に計画を確定することを大前提としている

 もう一つのかい離は、計画段階で「スコープ」「コスト」「タイム」の計画値を固定してしまうという考え方にあります。このような計画値の固定という考え方はプロジェクトマネジメントにおいては大変重要なもので、3つのベースラインと実行時の変更管理によってプロジェクトを管理するという基本思想を構成しています。この考え方により多くのプロジェクトが成功を収めているのは間違いありません。しかし、最近のプロジェクトでは、これらの3つの目標値がプロジェクト開始時に固定できないという開発手法もあります。たとえばシステム開発の世界で言えば、スパイラル型やUMLを使った開発、さらにはアジャイル開発という手法です。これらの新しい開発技術に共通することは、プロジェクト開始時にその「スコープ」「コスト」「タイム」の目標値が必ずしも決められていなくて、設計や開発を反復しながら最終形を決めていくことです。現在のPMBOKはこのような管理目標値が変化するプロジェクトに柔軟に対応できる考え方にはなっていません。PMBOKをアジャイルプロジェクトにどのように適用したらいいかということが、2009年のPMI Congressでも主要な研究課題となっていました。

プロジェクトマネジメントの将来

 PMBOKの現実のプロジェクトへの適用が難しいところをいくつかあげましたが、このような違いを吸収しながら、PMBOKを自分のプロジェクトに適用させることが真のプロジェクトマネジメントといえます。アジャイルプロジェクトマネジメントなど新しいプロジェクト推進手順が確立され現場の「良い実務慣行」として定着していけば、PMBOKへの記載も遠くはないと思います。PMBOKにプロジェクトマネジメントを教えてもらうのではなく、新しい考え方をPMBOKに集積していくことが、現在プロジェクトマネジメントを学んでいる人の役割といえます。

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