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教員連載コラム

不確かな未来との対話

  • 70回コラム

    段階的プロジェクトマネジメント育成の勧め

    情報アーキテクチャ専攻 酒森 潔専攻長

1. はじめに
 多くの企業や団体でプロジェクトマネジメントの重要性が認識され、優れたプロジェクトマネジャの養成が急務とされている。そしてプロジェクトマネジャが理解しておくべき知識体系が整理され、プロジェクトマネジャ育成のための研修も多く開発されている。
しかし、このような研修の内容は、あるべきプロジェクトマネジャの最終形の姿を教えるものがほとんどであり、プロジェクトマネジメント経験の浅い受講者には実感がわかないものである。言い換えるとこれらの研修では、プロジェクトマネジャが備えるべき知識やスキルを教えることはできるが、そのようなレベルへ到達するためのプロセスについては全く触れていない。これで果たして優秀なプロジェクトマネジャの育成ができるのであろうか?
 私は、プロジェクトマネジャのあるべき姿にたどり着くために、学ぶべき項目を個人の成長にあわせて段階的に修得していくことが重要と考える。たとえば、日本の漢字教育では小学校の低学年で学ぶ漢字、高学年になって覚える漢字と段階的に覚える漢字が定義されている。プロジェクトマネジャの育成にあたっても、このような段階的な教育のロードマップが必要なのである。

2. プロジェクトマネジメント学習要素
 プロジェクトマネジメントの教育を段階的に行う為には、その学習要素を細かく定義し、習得すべき時期にあわせて段階的に並べればよい。学習要素を整理するにあたっては、「知識」、「スキル」、「コンピテンシー」の視点から分類すると便利である。
一般に、プロジェクトマネジメントの技法や手順を知っていることは「知識」であり、それを実行できる能力は「スキル」、さらにプロジェクトを成功させるための優秀なプロジェクトマネジャの行動特性は「コンピテンシー」と呼ばれている。プロジェクトマネジメントの学習要素も、「知識」、「スキル」、「コンピテンシー」に整理して考えてみよう。

3. プロジェクトマネジメント入門としての「知識」の教育
 プロジェクトマネジメントの知識に分類できる学習要素は、PMBOKなど知識体系を基に知識要素を整理し、その難易度、プロジェクトでの頻出度、要素の順序関係などを考慮して、プロジェクトマネジメント育成のロードマップに展開することができる。
 たとえば、社会人1年生の教育においては、まずプロジェクトマネジメントの基本要素であるWBSやスケジュールの作成、プロジェクト内での作業報告の方法などを学ぶ。いくつかのプロジェクトを実践した後、プロジェクトのスコープの確定やチームメンバーの管理、プロジェクトとしての実績報告を学ぶ。プロジェクトマネジャとして大きなプロジェクトを任されるようになったら、プロジェクトの立上げやステークホルダーマネジメント、調達管理、要員の育成などを学ぶことが必要である。

4. プロジェクトマネジメント「スキル」の教育
 「スキル」とはプロジェクトを実践する能力である。プロジェクトはすべて異なるものであり、頭にある知識をそれぞれのプロジェクトに合わせて実践することが必要である。このような能力を学習するには、知識に合わせた演習を行うことが効果的である。
 プロジェクト活動の初期段階ではWBSの作成、見積り技法、スケジュールチャートの作成などの演習を行う。中堅になると複雑なスケジュールの調整やEVMなどの管理手法の演習をおこなう。大規模なプロジェクトを任されるようになるころ、要員の管理やステークホルダーマネジメントの実践演習が必要となる。

5. プロジェクトマネジメントの「コンピテンシー」をどのように教育するか
プロジェクトマネジャのコンピテンシーとは優秀なプロジェクトマネジャの行動特性であるとされるが、どのように教育すればよいのであろうか。よく、コンピテンシーの教育は、実際に現場に出て、異常な状況や失敗を多く経験することが必要であるといわれている。しかし、本当にそうであろうか?そもそも、異常な体験や失敗から学ぶのではなく、まず正しいプロジェクトマネジメントを実践することを学ぶべきである。
したがって、コンピテンシーの学習の順序は、まず正しい実践を経験し、その後さまざまな実務での体験をすることが正しい。正しいプロジェクトの実践を行う能力があってこそ、悪い例のプロジェクトにも対応できるのである。
コンピテンシーの教育のためには、まず模擬的な環境でシナリオに沿ったプロジェクトを実施する体験を積み、さらに実プロジェクトの様々な課題を解決する、課題演習方式での学習を行うべきである。課題学習方式では、実際にプロジェクトで起きるさまざまな状況をチームで分析し、議論し合う事でコンピテンシーを強化することができる。

7. まとめ
産業技術大学院大学のプロジェクトマネジメントの教育体系は、知識の修得からスキルの実践、そしてコンピテンシーの修得というよう段階的流れを意識して構成されている。基本的に基礎的な知識は大学院に入学する前に修得していることが前提であるが、入学後まず1年次は高度なプロジェクトマネジメントの知識やそれを実践するスキルを講義や演習で学ぶ。そして2年次はPBL(Project Based Learning)方式で、シナリオ型模擬プロジェクトの実践や、実プロジェクトの課題学習を行う事でコンピテンシーの修得が行えるような構成である。このような段階的プロジェクトマネジメント教育カリキュラムの工夫により、2年間という短期間で高度なレベルに達する学習効果が期待できるのである。

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